隣にいる理由を、毎日選びたい

第10章:年末年始、それぞれの孤独

 年末の空港は、どこか浮き足立っていた。
  大型スーツケースを引く家族連れ、帰省客、観光客。
  その中に混じって、ひときわ静かな佇まいの人物がいた。
 有栖川凛。
  行き先は、鹿児島。
  父の実家で過ごす久々の“家族年越し”だった。

 「今年も独身で、お仕事ばっかりか〜」
 「まぁ、わたしらの家系だもんな。母さんも遅かったし」
 「いいのよ、自分のリズムで」
 年末の食卓は、変わらず和やかで、変わらず少しだけ苦かった。
 (“彼氏いるの?”って、聞かれないだけマシか……)
 そう思いながら、凛は箸を進めていた。
 だが、部屋に戻り、スマホを手に取ると、手が止まった。
  通知はない。悠人からも、プロジェクト関連の連絡はゼロ。
 (仕事じゃないとき、連絡しないって……決めてたんだよね、私たち)
 それが約束ではなかったはずなのに、無意識の了解として根づいていた。
  だからこそ──余計に“空白”が重く感じる。

 一方その頃、東京。
  年末でも変わらず動いているシェアオフィスの一室で、悠人は一人、資料整理をしていた。
 本当は、実家に帰る予定だった。
  けれど、「帰らないことにした」と母に伝えたのは三日前。
 理由は、曖昧だった。
  だが本人は、その曖昧さこそが“答え”だと薄々気づいていた。
 (彼女がいない時間、僕は今、何をしている?)
 仕事に集中できる。
  誰にも干渉されない。
  でも──どうしようもなく、誰かと話したいと思ってしまっている。
 凛との“関係”は、恋愛でも友情でもなく、ただそこに在るものだった。
  けれど、それが今はどこか“抜け落ちたような感覚”になっていた。
 (好き、じゃない。……でも、“いないこと”が、想像以上に寂しい)
 その事実に気づいたのは、静かなオフィスの片隅で缶コーヒーを飲みながらだった。

 12月31日、夜10時。
  凛は一人、実家の裏庭に出ていた。
 澄んだ空気、満天の星。
  けれど、胸の内はどこか落ち着かなかった。
 ポケットのスマホが震える。
  通知画面には、たった一通のメッセージ。
 一之瀬悠人:
  「今、話せますか?」
 鼓動が速くなる。
  深呼吸をしてから、短く返信する。
 「話そう」
 通話がつながるまでの数秒が、なぜだか長く感じられた。
 「……もしもし」
 「こんばんは。有栖川さん、いま、どこですか?」
 「鹿児島。庭にいる。あなたは?」
 「東京。オフィスです」
 「らしいね……」
 ふたりは、少しだけ笑った。
 「……離れてみて、わかったことがあるんです」
 「なに?」
 「僕は、あなたが隣にいないと、“言葉が減る”んだって」
 凛は、息を呑んだ。
 「あなたがいると、ちゃんと話せてた。黙っていても、平気だった。……でも今、それがなくなって、すごく困ってる」
 「私も」
 「え?」
 「私も、同じだった。“話さなくていい関係”だったはずなのに、話せないと不安になるなんて、思ってなかった」
 ふたりの言葉が、少しずつ、噛み合っていく。
 「来年も、同じ関係でいたいですか?」
 「……どうかな」
 「え?」
 「“同じ”って言い切れる自信、今はもうないかも。でも、隣にいてほしいってことだけは、変わらない」
 その言葉に、悠人は、短く、深く息をついた。
 「──それだけで、十分です」
 時計の針が、まもなく年を越えようとしていた。
 遠く離れた場所で、
  ふたりは互いの声を通じて、“つながり直す”ことを選んだ。
 ──第10章・了──
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