隣にいる理由を、毎日選びたい

第11章:誰かに必要とされること

 年が明けて、1月4日。
  プロジェクトの仕事始め。
 オフィスにはまだ人の姿はまばらだったが、悠人と凛は朝からいつも通りの時間にデスクに並んでいた。
 「……おかえりなさい」
 「ただいま」
 その言葉だけで、年末年始の沈黙はなかったことになった。
 けれど、なかったことにしない“感情の続きを持ったまま”で、ふたりは自然に仕事へと戻っていく。
 その日の午後、プロジェクトチームに一本の連絡が入った。
 「Re:frainを監修する自治体の福祉課から、“若年層支援プログラム”との連携の打診が来た」
 真壁が資料を広げながら言う。
 「ざっくり言うと、“恋愛に苦手意識のある若者たちに向けて、自己肯定感を高めるコンテンツを届けたい”ってことみたい」
 「具体的に、何を求められているんですか?」
 悠人が訊ねる。
 「二人で講演してほしいんだって。“恋愛しなくても支え合える関係”を体現するモデルとして。……現場は学校」
 「学校……?」
 凛の顔が一瞬、曇る。
 「どの世代?」
 「高校生。進路指導や、自己理解の授業の一環らしいよ。もちろん報酬は出るし、拘束は1日だけ」
 「……行きます」
 凛は、迷わず答えた。
 「え?」
 悠人が驚く。
 「なんか、こういうのって、“ちゃんとした理由”がないと行けないと思ってた。でも、今なら言える。私は、“恋愛しない生き方”を自分で選んできたし、それが誰かの役に立つなら、意味があるって思える」
 悠人は、その言葉に、言葉を失った。
 (彼女は今、誰かに必要とされることを、自分自身で肯定している)
 それはかつての彼女が口にした、「私は感情じゃなく、理解を求めて生きてきた」という言葉とは、少しだけ違っていた。

 講演の日。
  都内の私立高校の小講堂には、制服姿の生徒が静かに座っていた。
 事前アンケートによれば、“恋愛が苦手”“誰にも本音を言えない”“人との関係が怖い”──そんな声が多く寄せられていた。
 凛は、壇上に立って言った。
 「私は、恋愛をしないことで、自分を保ってきました。誰かを好きになると、自分が見えなくなる気がして怖かったから。でも、誰にも頼らずにいるのは、すごく孤独でもありました」
 悠人も続ける。
 「僕は、“感情に振り回されない自分”が誇りでした。でも、誰かと関わる中で、感情を否定するだけでは得られないものもあると知りました。それを教えてくれたのが、この人です」
 一瞬、凛と目が合った。
 (必要とされていると、こんなにも呼吸が楽になるのか)
 ふたりはその日、はじめて“誰かのために語る言葉”を選んだ。
 そして、講演の帰り道。
  駅までの坂道を並んで歩きながら、凛が言った。
 「……ねえ。私、ちょっとだけわかってきた気がする」
 「何をですか?」
 「“必要とされること”って、恋愛じゃないところにもあるって」
 「はい」
 「でも、あなたに“必要だ”って思われたときだけは、ちょっと、違う意味で嬉しいかもしれない」
 その言葉に、悠人は返せなかった。
 ──なぜなら、自分も同じことを、思っていたから。
 ──第11章・了──
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