イケメンIT社長に求婚されました─結婚後が溺愛本番です!─
「はい。水野さん、ミスしやすいところ、マーカー入れておきました」

「……助かります。陽菜さんは、本当に気が利く」

「そう言ってくれるの、水野さんだけです」

 

仕事の合間の、ほんの数分。

それだけなのに、
どうしてこんなにも居心地がいいのだろう、と思う。


僕は、水野大輔。
彼女──望月陽菜、改め葉山陽菜は、今や社長夫人で、職場の誰もが気を遣う存在だ。

けれど彼女は、以前と何も変わらない。
肩書きや立場にとらわれず、どんな人にも平等に接する。

その真面目さが、
そのやわらかさが、
やっぱり、たまらなく好きだ。

……いや、「恋愛としての好き」は、もうしまってある。

これは友情。いや、友情以上、恋未満。
言葉にしない約束のような、静かな信頼関係。

 

「水野さんって、ほんとに私の『心のノート』みたいな存在です」

「……それは、ちょっと嬉しいですね。表紙くらいは飾れたでしょうか」

「飾りというより、栞かもしれません。いつもページの間にそっといてくれる」


お互いに、気を許していた。

それ以上は望まないし、それ以上にはならない。
けれど、必要なときにだけ、ふっと寄り添ってくれる関係。

それは、彼女の夫である社長には、
絶対に築けない種類の距離感だった。

 

──が。

 

「……君たち、なんの話をしていた?」

突如、背後から低い声。

振り返ると、葉山律が笑顔を貼りつけたまま、こちらを見下ろしていた。

「いえ、業務上の共有です」

「ほう。『表紙』とか『栞』とか、今はそういう共有があるんだね」

……聞かれてた。

 

「君、俺の妻に詩的なことを言うのは禁止な」

「それは新社内規則ですか?」

「そう。『妻に甘い言葉をかけていいのは俺だけ条項』ってやつだ」

「……なるほど」

「あと、『君が心のノート』とか言われたら、そりゃ嫉妬もするだろう?」

「そこは、『現時点では』と添えておくべきでしたか?」

「水野!!!」

 

「……またやってる」

デスクから戻ってきた陽菜さんが、やや呆れたように言った。

「仕事の話をしているだけですよね? 社長」

「水野。その『だけ』の密度が濃すぎるんだよ……」

「社長、ジェラシーですよ、ジェラシー」

「俺の陽菜にジェラシーして何が悪い!」

「『俺の陽菜』とか、平然と言いますね……」

「もう妻なので!」

「法律は万能じゃありませんからね」

「……一回、外出ようか。決着つけるか」

「おや。社長、腕っぷしで愛を語るタイプでしたか」

──そんなふたりのやりとりを、
彼女は今日もデスク越しに苦笑いで見守っている。


恋じゃない。
でもたしかに、彼女と僕は、特別だ。

そのことに、誰よりも気づいてしまっているのは──たぶん、あの社長だろう。
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