イケメンIT社長に求婚されました─結婚後が溺愛本番です!─
最初に彼女を見た日のことを、今でも鮮明に覚えている。


大きな段ボールを抱えて、受付で迷っていた。
名札を確認するように小さな声で自分の名前を告げる姿は、どこか心許なげで、でも必死で。

あのときの望月さんは、まだ「誰のものでもなかった」。

 

「営業推進部の水野と申します。お手伝いしますよ」

そう声をかけたとき、彼女はぱっと顔を上げて、驚いたように目を見開いた。
あの瞳が、まっすぐこちらを向いた瞬間。

──不思議だった。

それまで何人もの新人に言葉をかけてきたけれど、
こんなにも心にすっと入り込んでくる表情を見たのは初めてだった。

 

配属初日、彼女はメモ帳を手に、ずっと私の話を聞いていた。
相槌が丁寧で、たまに質問をしながらも、言葉を被せることは決してなかった。

「わたし……人と話すのが、少し、苦手で……でも、頑張りたいです」

控えめな声でそう言ったとき、
思わず胸の奥が、じんと痛くなった。

──この人を、傷つけるようなことが、世界のどこにも起きなければいい。

そう思ってしまった時点で、
もう、僕の心は始まっていたのだと思う。


派遣社員という立場。
いつか契約が終わってしまうかもしれないという不安を、
彼女は何度も目ににじませていた。

それでも、彼女は手を抜かず、覚えた仕事を丁寧に積み重ねていった。
朝、誰よりも早く出社して、こっそり前日のミスを見直す姿も知っている。
社内チャットの文面を何度も打ち直している指先も、見ていた。

──あのひたむきさに、誰が惹かれずにいられるだろうか。


だから、葉山律に見初められたと聞いたとき、
たしかに驚いたけれど、納得もした。

完璧な男が、唯一心を奪われるとしたら──
あの「まっすぐな努力」しかなかったのだろう。

 

だとしても。

あの人が社長でなかったら。
僕よりも先に彼女を見つけていなかったら。
そういう「もしも」を考えてしまう日が、今でもときどきある。

 

──僕は、ただの一社員だった。

彼女の頬に手を添えることも、名前を呼ぶことも、許されない存在だった。

でも、
あの日のまま、
彼女のまっすぐな姿を、ずっと、胸の奥で光のように抱えている。


もう触れられなくても、忘れられなくても。
誰にも気づかれずに、
たったひとりで、思い続けることだけは、許されると思っていた。
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