イケメンIT社長に求婚されました─結婚後が溺愛本番です!─
○溺愛義両親、襲来。顔合わせ編
時は遡り、両家顔合わせの日。
都内のラグジュアリーホテル、その最上階にあるフレンチレストランのラウンジで、望月陽菜は硬直していた。
目の前には、静かに水を飲む父と、手元のハンカチをぎゅうぎゅう握りしめている母。
緊張という言葉を具現化するとこうなるのか、と思うほどの「庶民代表」な両親の姿に、陽菜もまた胃がきりきりと痛んでいた。
「……大丈夫かな、私たちで……」
ぽつりとつぶやいた父に、母が鋭くつっこむ。
「しっかりして。娘を嫁に出すのよ。堂々としなきゃ」
そう言いながら、手は微かに震えていた。
その時、ラウンジのエレベーターが音もなく開いた。
先に現れたのは、革靴の足音を響かせながら歩いてくる長身の男性。
背筋を伸ばし、顔の半分をサングラスで隠していた。
遅れてヒールの音が続く。
モノトーンのスーツを完璧に着こなし、艶やかな黒髪をきっちりまとめた女性が、静かな歩幅で並んだ。
「き、来た……!」
陽菜の母が、思わず息を呑む。
律が立ち上がり、二人に一礼をした。
「お父様、お母様。ようこそいらっしゃいました。こちらが、僕の婚約者・陽菜と、そのご両親です」
サングラスを外した男の目が緑に煌めく。
彫刻のような鼻梁、形の整った唇。ブラウンヘアが艶やかに揺れ、そのすべてが完璧なバランスで収まっていた。
「きゃあああああ!」
突如、陽菜の隣で悲鳴が上がる。
母だった。
「お、お母さん!?」
「ごめんなさい陽菜……あまりにマイケル・J・フォードに似てて……お母さん、昔からファンなの」
完全に顔がほころんでいる。頬もほんのり紅潮していた。
美男は慣れているのだろう。律の父は白い歯を見せて微笑むと、ウインクひとつ。
「彼は私のいとこですよ。今度、サインを用意しましょう」
「えっ!? 本当ですか!? わ、私、死んでもいいかも……!」
陽菜はテーブルの下でこっそり母の膝をつねった。
麗子と名乗った女性は、そんなやりとりに苦笑しながら席に着く。
凛とした佇まいとは裏腹に、その目元はどこか優しく、微かに笑みを浮かべていた。
「夫がすっかり陽菜さんのお母様と打ち解けてくれたようで、よかったわ」
向かいに座る父が慌てて頭を下げる。
「す、すみません……妻が取り乱して……」
「ううん、可愛らしい方。私も見習いたいくらい」
やがて席に着き、顔合わせは正式に始まった。
フレンチのコースが運ばれ、静かなサービスが流れる中、陽菜の父が丁寧に言葉を紡ぐ。
「本日はご多用の中、お時間をいただきありがとうございます。律さんと陽菜の婚約にあたり、このような場を設けさせていただきました。これを機に、両家のご縁が深まれば幸いです」
一礼する父の背筋は、緊張でピンと伸びていた。
陽菜はというと、手元のスープを口に運ぶ余裕すらなく、手のひらに汗をにじませていた。
そんな中、ロバートが軽やかにナプキンを膝に置くと、ふと陽菜に視線を向けた。
「陽菜さんは、小さい頃、どんなお子さんだったのですか」
柔らかく投げられた問いに、父がうなずきながら答える。
「真面目で、でも不器用で……いつも一生懸命な子でした。勉強は得意というわけではなかったですが、努力は惜しまなかったですね」
「そうでしたのね」
麗子がうなずき、そっと陽菜に目をやる。
「よく律から聞いています。『優しくて、真面目で、努力家』だって。奥ゆかしいところが彼のお気に入りなのだとか」
その言葉に、陽菜の顔がぱっと赤くなる。
うつむき、スプーンの影に逃げた。
「ええっ!? ちょっと律……!」
律は隣で静かに笑っていた。
「僕の正直な感想です」
「もう……っ」
母が陽菜の背中をぽんと叩いて笑いながら言った。
「でも本当に普通の子でね。律さんにプロポーズされたって聞いたときは、冗談かと思いましたよ、あはは」
軽口のつもりだった。
しかし、空気が、ぴたりと変わった。
ロバートの目が、静かに細くなる。
微笑は崩さぬまま、ただ声に静かな熱を帯びさせる。
「陽菜さんは、律にとってパーフェクトなパートナーです」
母が驚いて陽菜に視線を送る。
「な、何か変なこと言ったかしら……」
「謙遜は日本の美徳かもしれませんが──この場では必要ありませんよ」
麗子もまた、穏やかな声で続ける。
「本当に素敵なお嬢さんです。私たち家族にとっても、陽菜さんは誇りです」
陽菜は、声にならない声で「そんな……」と呟きながら、顔を真っ赤にした。
その姿を見ながら、律が小さくうなずいた。
「……僕も、そう思っています」
──たしかにそこには、文化の違いがあった。
でも、不思議といやな気持ちはしなかった。
大げさでも、舞い上がった調子でもない。
ただ、まっすぐで、温かくて。心にすとんと落ちる言葉ばかりだった。
陽菜はふと、胸の奥がじんと熱くなるのを感じた。
こんなにもストレートに「大事に思われる」という経験は、
これまでの人生で、初めてだったかもしれない。
その日から、
陽菜は「世界レベルの溺愛一家」に嫁ぐことになった。
それがどんなに甘く、騒がしく、幸せな日々になるのかを──
このときの彼女は、まだ知らなかった。
都内のラグジュアリーホテル、その最上階にあるフレンチレストランのラウンジで、望月陽菜は硬直していた。
目の前には、静かに水を飲む父と、手元のハンカチをぎゅうぎゅう握りしめている母。
緊張という言葉を具現化するとこうなるのか、と思うほどの「庶民代表」な両親の姿に、陽菜もまた胃がきりきりと痛んでいた。
「……大丈夫かな、私たちで……」
ぽつりとつぶやいた父に、母が鋭くつっこむ。
「しっかりして。娘を嫁に出すのよ。堂々としなきゃ」
そう言いながら、手は微かに震えていた。
その時、ラウンジのエレベーターが音もなく開いた。
先に現れたのは、革靴の足音を響かせながら歩いてくる長身の男性。
背筋を伸ばし、顔の半分をサングラスで隠していた。
遅れてヒールの音が続く。
モノトーンのスーツを完璧に着こなし、艶やかな黒髪をきっちりまとめた女性が、静かな歩幅で並んだ。
「き、来た……!」
陽菜の母が、思わず息を呑む。
律が立ち上がり、二人に一礼をした。
「お父様、お母様。ようこそいらっしゃいました。こちらが、僕の婚約者・陽菜と、そのご両親です」
サングラスを外した男の目が緑に煌めく。
彫刻のような鼻梁、形の整った唇。ブラウンヘアが艶やかに揺れ、そのすべてが完璧なバランスで収まっていた。
「きゃあああああ!」
突如、陽菜の隣で悲鳴が上がる。
母だった。
「お、お母さん!?」
「ごめんなさい陽菜……あまりにマイケル・J・フォードに似てて……お母さん、昔からファンなの」
完全に顔がほころんでいる。頬もほんのり紅潮していた。
美男は慣れているのだろう。律の父は白い歯を見せて微笑むと、ウインクひとつ。
「彼は私のいとこですよ。今度、サインを用意しましょう」
「えっ!? 本当ですか!? わ、私、死んでもいいかも……!」
陽菜はテーブルの下でこっそり母の膝をつねった。
麗子と名乗った女性は、そんなやりとりに苦笑しながら席に着く。
凛とした佇まいとは裏腹に、その目元はどこか優しく、微かに笑みを浮かべていた。
「夫がすっかり陽菜さんのお母様と打ち解けてくれたようで、よかったわ」
向かいに座る父が慌てて頭を下げる。
「す、すみません……妻が取り乱して……」
「ううん、可愛らしい方。私も見習いたいくらい」
やがて席に着き、顔合わせは正式に始まった。
フレンチのコースが運ばれ、静かなサービスが流れる中、陽菜の父が丁寧に言葉を紡ぐ。
「本日はご多用の中、お時間をいただきありがとうございます。律さんと陽菜の婚約にあたり、このような場を設けさせていただきました。これを機に、両家のご縁が深まれば幸いです」
一礼する父の背筋は、緊張でピンと伸びていた。
陽菜はというと、手元のスープを口に運ぶ余裕すらなく、手のひらに汗をにじませていた。
そんな中、ロバートが軽やかにナプキンを膝に置くと、ふと陽菜に視線を向けた。
「陽菜さんは、小さい頃、どんなお子さんだったのですか」
柔らかく投げられた問いに、父がうなずきながら答える。
「真面目で、でも不器用で……いつも一生懸命な子でした。勉強は得意というわけではなかったですが、努力は惜しまなかったですね」
「そうでしたのね」
麗子がうなずき、そっと陽菜に目をやる。
「よく律から聞いています。『優しくて、真面目で、努力家』だって。奥ゆかしいところが彼のお気に入りなのだとか」
その言葉に、陽菜の顔がぱっと赤くなる。
うつむき、スプーンの影に逃げた。
「ええっ!? ちょっと律……!」
律は隣で静かに笑っていた。
「僕の正直な感想です」
「もう……っ」
母が陽菜の背中をぽんと叩いて笑いながら言った。
「でも本当に普通の子でね。律さんにプロポーズされたって聞いたときは、冗談かと思いましたよ、あはは」
軽口のつもりだった。
しかし、空気が、ぴたりと変わった。
ロバートの目が、静かに細くなる。
微笑は崩さぬまま、ただ声に静かな熱を帯びさせる。
「陽菜さんは、律にとってパーフェクトなパートナーです」
母が驚いて陽菜に視線を送る。
「な、何か変なこと言ったかしら……」
「謙遜は日本の美徳かもしれませんが──この場では必要ありませんよ」
麗子もまた、穏やかな声で続ける。
「本当に素敵なお嬢さんです。私たち家族にとっても、陽菜さんは誇りです」
陽菜は、声にならない声で「そんな……」と呟きながら、顔を真っ赤にした。
その姿を見ながら、律が小さくうなずいた。
「……僕も、そう思っています」
──たしかにそこには、文化の違いがあった。
でも、不思議といやな気持ちはしなかった。
大げさでも、舞い上がった調子でもない。
ただ、まっすぐで、温かくて。心にすとんと落ちる言葉ばかりだった。
陽菜はふと、胸の奥がじんと熱くなるのを感じた。
こんなにもストレートに「大事に思われる」という経験は、
これまでの人生で、初めてだったかもしれない。
その日から、
陽菜は「世界レベルの溺愛一家」に嫁ぐことになった。
それがどんなに甘く、騒がしく、幸せな日々になるのかを──
このときの彼女は、まだ知らなかった。