イケメンIT社長に求婚されました─結婚後が溺愛本番です!─
○葉山律の「実家」へ
ジェット機は、雲を突き抜けてニューヨークの空へ向かっていた。
まるでドラマのワンシーンのような内装──白い革張りのシート、磨き上げられたウッドテーブル、シャンパンのグラスが静かに揺れる。
そこに座っているのは、私、そして婚約者の律、律の両親。
……あらためて、状況がすごすぎる。
私はしれっと座っているふりをしていたが、内心ではずっと叫んでいた。
(プ、プライベートジェットって……本当に存在したんだ……!!)
ロバートはシートを傾けて仕事のタブレットに目を通し、麗子さんはまるで飛行機の中じゃないかのように編み物をしていた。
おふたりとも、動揺という概念が存在しないのかと思うほど自然体だった。
律は、そんな私の手をそっと取って囁いた。
「緊張しなくていい。……俺が全部守るから」
(もう……ほんと、王子様なの?)
──そして、アメリカ到着。
空港から専用リムジンに揺られ、たどり着いたのは、摩天楼が連なるマンハッタンの中心部。
私たちが車を降りたのは、その中でもひときわ目を引く超高層タワーの前だった。
「……ここ?」
「うん。ジェイコブ・タワー。俺の実家だよ」
律がさらりと口にする。
私の目には、もはやそれが「実家」という感覚では捉えられなかった。
(……こんな「実家」、存在するんだ……)
入口には重厚な回転扉、セキュリティスタッフが深々と頭を下げてくる。エントランスには噴水があり、天井にはシャンデリア。
ロビーの奥で、ロバートが笑顔で振り返った。
「ようこそ、陽菜さん。私たちの家へ」
まさに圧倒的豪奢。言葉を失うしかなかった。
上層階のリビングに案内されると、そこからの眺めは息をのむほどだった。
高層ビル群が遥か下に見え、セントラルパークの緑が遠く揺れている。まるで空の上にいるような感覚。
美しい。眩しい。……だけど、どこか自分が場違いに思えた。
ロバートと麗子さんが自分たちの仕事の話をしてくれる。
「私はAIセキュリティの研究にずっと関わっていてね、今は軍事系の開発支援も兼ねてるの」
「私は来月から新しいプロジェクトを立ち上げるんだ。NASAとの共同だよ」
すごい。すごすぎる。
だけど、何も返せない自分が恥ずかしかった。
律の隣に並ぶには、私はあまりにも……普通すぎるんじゃないか?
笑顔のつもりで口元を動かしても、心はどこか沈んでいた。
そんな空気を、麗子さんはすぐに察したらしい。
「ちょっと、空気が重くなったわね」
その一言のあと、ロバートが立ち上がった。
「陽菜さん、少しドライブに行こう」
急ぎ足で支度を整えると、再び車に乗って街を離れた。
行き着いたのは、ニューヨーク郊外の小さな森に囲まれた別荘だった。
「ここはね、騒がしい都会の喧騒から離れて、心を整えるためにある場所なの。今は、陽菜さんのためにあると思って」
麗子さんがそう言って、扉を開けてくれた。
木々の間を抜けて風が吹き抜ける。
鳥の声、葉のざわめき。
高層ビルでは感じられなかった、心の深呼吸。
*
森のなか、日だまりの斜面にふたり並んで腰を下ろすと、草の上には名も知らぬ小さな野の花が咲いていた。
白、薄紫、あんず色──風に揺れながら、静かにこちらを見つめているようだった。
「これ、かわいいね」
そう言って花を摘むと、律も黙って隣に座り、花びらを指先でつまんで見せた。
「どれが好き?」
「ん……この、ちょっとくしゃっとしてるやつ。色もやさしくて」
律は小さく笑い、彼の膝のうえにぽつぽつと花を並べていく。ふと気づくと、律の手が花を編み始めていた。
ぎこちなく茎をねじり、つなぎ合わせ、思案するように眉をひそめる。
「……ずいぶん真剣だね」
「こういうの、うまくできたことがないんだ」
「へえ、意外」
「だからこそ、ちゃんと作りたい。陽菜に似合うものを」
不器用な指先が、それでも丁寧に輪をつくる。
かすかな風に髪が揺れて、律の影が花冠に重なった。
そして、そっと──
彼はそれを私の頭に乗せた。
「……ほら。陽菜に、似合うと思った」
その声はどこまでも優しくて、
胸の奥のいちばんやわらかいところを撫でられたようだった。
ありがとう、って言おうとしたのに、うまく言葉にならなかった。
代わりに、私は微笑んで、律のほうを見つめた。
「……ありがとう、律」
そのままふたりで歩いて向かったのは、庭の奥のハンモックだった。
白い布が、木陰のあいだでゆらりと揺れている。
律が先に座り、手を差し出してくれる。
「おいで」
私は花冠をそっと押さえながら、彼の隣に腰を下ろした。
ふわりと布が沈み、ゆっくりとハンモックが揺れ出す。
鳥の声、葉のざわめき、遠くで水の音。
何も話さなくても、時間がやさしく流れていく。
私たちはただ並んで、風に包まれながら、それぞれの鼓動を感じていた。
*
空が茜色に染まり始めたころ、ロバートと麗子さんが、ゆっくりと私の隣に座った。
「ねえ、陽菜さん。都会は、疲れる場所でもあるのよ。だから、もし辛くなったら──」
麗子さんが、私の手を握って言った。
「ここに、帰っておいで」
「あなたは、私たちにとって大切な『娘』なのだから」
静かに、ロバートも頷いていた。
優しさが、心にあふれた。
私は思わず、目元を押さえる。
「……ありがとうございます。私、本当に、こんなあたたかい家族ができて……よかったです」
涙がぽろぽろとこぼれた。
律が、そっと私の肩を抱く。
森の音に包まれながら、その夜、私は静かに微笑んだ。
──ここが、もうひとつの「帰る場所」。
そんな風に思えたのは、きっと、人生で初めてだった。
まるでドラマのワンシーンのような内装──白い革張りのシート、磨き上げられたウッドテーブル、シャンパンのグラスが静かに揺れる。
そこに座っているのは、私、そして婚約者の律、律の両親。
……あらためて、状況がすごすぎる。
私はしれっと座っているふりをしていたが、内心ではずっと叫んでいた。
(プ、プライベートジェットって……本当に存在したんだ……!!)
ロバートはシートを傾けて仕事のタブレットに目を通し、麗子さんはまるで飛行機の中じゃないかのように編み物をしていた。
おふたりとも、動揺という概念が存在しないのかと思うほど自然体だった。
律は、そんな私の手をそっと取って囁いた。
「緊張しなくていい。……俺が全部守るから」
(もう……ほんと、王子様なの?)
──そして、アメリカ到着。
空港から専用リムジンに揺られ、たどり着いたのは、摩天楼が連なるマンハッタンの中心部。
私たちが車を降りたのは、その中でもひときわ目を引く超高層タワーの前だった。
「……ここ?」
「うん。ジェイコブ・タワー。俺の実家だよ」
律がさらりと口にする。
私の目には、もはやそれが「実家」という感覚では捉えられなかった。
(……こんな「実家」、存在するんだ……)
入口には重厚な回転扉、セキュリティスタッフが深々と頭を下げてくる。エントランスには噴水があり、天井にはシャンデリア。
ロビーの奥で、ロバートが笑顔で振り返った。
「ようこそ、陽菜さん。私たちの家へ」
まさに圧倒的豪奢。言葉を失うしかなかった。
上層階のリビングに案内されると、そこからの眺めは息をのむほどだった。
高層ビル群が遥か下に見え、セントラルパークの緑が遠く揺れている。まるで空の上にいるような感覚。
美しい。眩しい。……だけど、どこか自分が場違いに思えた。
ロバートと麗子さんが自分たちの仕事の話をしてくれる。
「私はAIセキュリティの研究にずっと関わっていてね、今は軍事系の開発支援も兼ねてるの」
「私は来月から新しいプロジェクトを立ち上げるんだ。NASAとの共同だよ」
すごい。すごすぎる。
だけど、何も返せない自分が恥ずかしかった。
律の隣に並ぶには、私はあまりにも……普通すぎるんじゃないか?
笑顔のつもりで口元を動かしても、心はどこか沈んでいた。
そんな空気を、麗子さんはすぐに察したらしい。
「ちょっと、空気が重くなったわね」
その一言のあと、ロバートが立ち上がった。
「陽菜さん、少しドライブに行こう」
急ぎ足で支度を整えると、再び車に乗って街を離れた。
行き着いたのは、ニューヨーク郊外の小さな森に囲まれた別荘だった。
「ここはね、騒がしい都会の喧騒から離れて、心を整えるためにある場所なの。今は、陽菜さんのためにあると思って」
麗子さんがそう言って、扉を開けてくれた。
木々の間を抜けて風が吹き抜ける。
鳥の声、葉のざわめき。
高層ビルでは感じられなかった、心の深呼吸。
*
森のなか、日だまりの斜面にふたり並んで腰を下ろすと、草の上には名も知らぬ小さな野の花が咲いていた。
白、薄紫、あんず色──風に揺れながら、静かにこちらを見つめているようだった。
「これ、かわいいね」
そう言って花を摘むと、律も黙って隣に座り、花びらを指先でつまんで見せた。
「どれが好き?」
「ん……この、ちょっとくしゃっとしてるやつ。色もやさしくて」
律は小さく笑い、彼の膝のうえにぽつぽつと花を並べていく。ふと気づくと、律の手が花を編み始めていた。
ぎこちなく茎をねじり、つなぎ合わせ、思案するように眉をひそめる。
「……ずいぶん真剣だね」
「こういうの、うまくできたことがないんだ」
「へえ、意外」
「だからこそ、ちゃんと作りたい。陽菜に似合うものを」
不器用な指先が、それでも丁寧に輪をつくる。
かすかな風に髪が揺れて、律の影が花冠に重なった。
そして、そっと──
彼はそれを私の頭に乗せた。
「……ほら。陽菜に、似合うと思った」
その声はどこまでも優しくて、
胸の奥のいちばんやわらかいところを撫でられたようだった。
ありがとう、って言おうとしたのに、うまく言葉にならなかった。
代わりに、私は微笑んで、律のほうを見つめた。
「……ありがとう、律」
そのままふたりで歩いて向かったのは、庭の奥のハンモックだった。
白い布が、木陰のあいだでゆらりと揺れている。
律が先に座り、手を差し出してくれる。
「おいで」
私は花冠をそっと押さえながら、彼の隣に腰を下ろした。
ふわりと布が沈み、ゆっくりとハンモックが揺れ出す。
鳥の声、葉のざわめき、遠くで水の音。
何も話さなくても、時間がやさしく流れていく。
私たちはただ並んで、風に包まれながら、それぞれの鼓動を感じていた。
*
空が茜色に染まり始めたころ、ロバートと麗子さんが、ゆっくりと私の隣に座った。
「ねえ、陽菜さん。都会は、疲れる場所でもあるのよ。だから、もし辛くなったら──」
麗子さんが、私の手を握って言った。
「ここに、帰っておいで」
「あなたは、私たちにとって大切な『娘』なのだから」
静かに、ロバートも頷いていた。
優しさが、心にあふれた。
私は思わず、目元を押さえる。
「……ありがとうございます。私、本当に、こんなあたたかい家族ができて……よかったです」
涙がぽろぽろとこぼれた。
律が、そっと私の肩を抱く。
森の音に包まれながら、その夜、私は静かに微笑んだ。
──ここが、もうひとつの「帰る場所」。
そんな風に思えたのは、きっと、人生で初めてだった。