イケメンIT社長に求婚されました─結婚後が溺愛本番です!─
部屋の襖を閉めた陽菜は、ぽすんと畳に座り込んだ。

旅館の静けさが、逆に胸の中にわだかまったもやもやを膨らませていく。

(どうして、あんな言い方しかできないの……)

陽菜は自分の浴衣の襟を見下ろす。たしかに、少し開きすぎていたかもしれない。

だけど、それも浴衣ならではの涼しさと華やかさを意識しただけだった。

(私だって……律に綺麗だって思われたかっただけなのに)

手のひらが膝の上できゅっと握られる。

──トン、と音がした。廊下から、走ってきた誰かの足音。次の瞬間、襖が開き、見慣れた人影が立っていた。

「……律?」

乱れた呼吸。汗で額に張りついた髪。律は息を整えることも忘れたまま、陽菜の目の前に膝をついた。

「……ごめん」

声はかすかに震えていた。

「君を独り占めしたくて、でも……うまく言えなかった」

そう呟いた律の瞳には、さきほどとは打って変わって、素直すぎるほどの感情が宿っていた。

陽菜の胸がちくりと痛んだ。

「……心配してくれてたの、分かってた。でも、急に怒鳴られたら……やっぱり、悲しかったよ」

ふたりの間に、短い沈黙が落ちる。

やがて、律はそっと手を差し出した。陽菜がその手に触れた瞬間、ふわりと身体が浮く。

「えっ、ちょっ……!」

「危ない。君は今、特に危険だ。視線を集めすぎる」

そのまま、律は陽菜をお姫様抱っこで持ち上げた。

驚く陽菜の髪が、彼の肩口で揺れる。

「ちょ……律、どこ行くの!?」

「俺の部屋だ」

「えええええっ!!?」

畳の上でくすぐったく笑い声が転がる。

すれ違い、誤解、やきもち、反省、謝罪。

いろんな感情をめぐって、ようやく通じ合ったふたりの距離は、今夜ぐっと縮まった。

その夜──

律の腕の中で眠りについた陽菜に、社員旅行はまさかの寝不足という結果をもたらすのであった。





旅行最終日。

チェックアウトのロビーで、水野がふたりに声をかけた。

「おふたりとも、お疲れさまでした。……仲直りできたようで、何よりです」

「……ああ。助言、感謝している」

律が礼を述べると、水野はどこかさみしそうに、けれど心からの笑みを浮かべた。

「また機会があれば、筋トレでもご一緒に」

「考えておこう……」

そう答えた律の背後で、陽菜がくすっと笑った。

高級旅館から出るバスの中。

陽菜は律の肩に頭をもたれかける。律は彼女の髪をそっと撫でながら、車窓の先にある未来を思った。

そこにきっと、もっと深くて確かな絆が待っている──そう信じられる社員旅行となった。
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