イケメンIT社長に求婚されました─結婚後が溺愛本番です!─

○筋肉とスーツと友情と

Corven本社から歩いて五分の場所にある最新設備のジムに、ある日、見慣れぬスーツ姿の男が足を踏み入れた。

葉山律――社長室にこもりがちな彼が、ついにジム通いを始めたのだ。

「……体力は資本、というしな」

己に言い聞かせるように呟いたが、顔はすでに青ざめている。周囲を見渡せば、タンクトップに身を包んだ筋肉自慢たちがマシンを唸らせていた。

その中に、ひときわ輝く「彫刻」のような男がいた。

水野大輔だった。

葉山の目が点になる。

(うがっ……なんという完成された肉体……!俺のコンプレックスを刺激する男が、こんな近くに……)

とっさに視線を逸らし、(気づくな……気づくな……)と念じたが──

「社長!ジム通い、始めたんですか?」

水野はタンクトップ姿のまま、満面の笑みで駆け寄ってきた。筋肉が躍る。律、絶句。

「……お前、なんでそんなに鍛えてるんだ」

「学生時代は陸上部で。鍛えるの、好きなんですよ」

(共感不能……)
律は内心、心の扉を静かに閉めた。

おそるおそるマシンに座ってみる。そっとバーを握り、試しに動かしてみた。

(……こう、か?)

「社長、違いますよ!」

背後からすかさず水野の声。

「肩が上がってます!背筋は伸ばして!胸を張って!」

「……うぐぅっ!」

容赦ない重さが肩にのしかかり、律は目に涙を浮かべた。だが水野は引かない。スポ根の血が騒いでいるのだ。

「いつものストイックさはどうしたんですか!」

まさかの説教である。立場が完全に逆転していた。

それからの一週間、水野は実質パーソナルトレーナーと化し、律は涙をこらえながらマシンに挑み続けた。

そして──ある朝。

律はバーベルを肩に担ぎながら、汗だくで呟いた。

「もう無理だ……」

そのとき、水野が隣にしゃがみ込んで言った。

「……陽菜さんのため、なんでしょう?そんな弱気じゃ、俺が奪っちゃいますよ」

「うおおおおおおおおお!!!!!」

突然、律に火がついた。馬鹿力を発揮し、バーベルを一気に持ち上げる。

水野が驚いて笑う。

「……やればできるじゃないですか、社長」

ふたりの間に、ほのかに友情のようなものが芽吹いた瞬間だった。

***

数日後、Corven本社の廊下にて。

スーツを着た律が歩いてくる。その姿に、陽菜が少し戸惑った表情を浮かべた。

「律。なんか……スーツ、パツパツじゃない?」

「ふ……見直したか?」

自信たっぷりの律。しかしその次の瞬間──

ビリッ!!

「……っ!」

スーツのズボンの尻が盛大に裂けた。

「ひゃっ……!ちょっと待ってて!タオル持ってくるから!」

陽菜が慌てて走り出す。律は壁際にそっとしゃがみこみ、真っ赤な顔でうずくまった。

それをこっそり目撃していた水野は、心の中で思った。

(……社長のこと、なんか嫌いになれないんだよなぁ)

筋肉とスーツと、ほんの少しの友情が交差した、ある春の昼下がりだった。
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