イケメンIT社長に求婚されました─結婚後が溺愛本番です!─

○律、結婚半年記念日

 今日は久しぶりに休暇を取った。
 やわらかい日差しが窓から差し込んで、リビングの空気がゆるやかに揺れている。
 陽菜は、昼食の後片づけをしていた。結婚から、ちょうど半年。
 どこかでディナーでも、と提案した俺に、彼女は穏やかに笑った。

 「いいの。半年だし、これからずっとふたりの毎日が続いていくでしょ? 半年刻みで祝わなくても、大丈夫だよ」

 ──ズキュン。胸を撃ち抜かれる音がした。
 君は俺との「永遠」を見ている。なんて尊いんだ。

 「……陽菜」
 その名前を呼ぶだけで、心臓が甘く軋む。

 「ふふっ。じゃあ、律、ちょっと買い物行ってくるね」
 彼女はエコバッグを片手に軽い足取りでリビングを出ていく。
 髪がふわりと揺れて、柔らかな香りが残った。
 その背中が小さくなっていくのを見つめながら、ふいに目頭が熱くなる。
 俺、今、ほんとうに幸せだな──って。
 ソファに寝転がる。穏やかな午後。つい、あの日のことを思い出していた。

 ***

 あれは初春のことだったと思う。
 一枚の派遣社員の履歴書が、人事部から俺のもとに回ってきた。
 見た瞬間、雷が落ちたかと思った。
 証明写真。そこに写っていたのは、俺の理想を具現化したような女性だった。
 ストレートの黒髪。控えめな笑顔。そして、完璧なライン。
 姿勢も美しい。品がある。
 履歴書の文字も整っていて、几帳面で誠実な性格がにじみ出ていた。
 長年の経営の勘が囁く──この子は、努力するタイプだ。

 名前を見た。

 望月 陽菜。

 (……運命、かもしれない)
 そのとき、俺はもう、完全に堕ちていた。
 だが、ここで止まる俺ではない。
 彼女が出社した日を確認して、偶然を装ってエレベーターで接触を図った。
 エレベーターのドアが閉まる瞬間、俺は口を開いた。

 「君、俺と結婚しないか」

 ──唐突?いや、戦略だ。インパクトが大事なのだ。
 彼女の顔が一瞬で真っ赤になる。

 「セ、セクハラです!」と声を上げたその仕草すら愛しかった。
 ウインクして立ち去る俺を、どう思ったかなんて関係ない。

 俺は確信していた。
 ──この恋、逃がさない。

 だが、その道のりは簡単じゃなかった。
 すれ違いも多かった。

 そして、明らかに陽菜を想っている水野という社員が、いつも彼女の隣にいた。
 夜、オフィスの灯が消えたあと、ふたりで残業している姿を見たとき、胸の奥が焼けるように痛んだ。

 不安でたまらなかった。俺なんかより、あいつの方が優しいんじゃないかって。
 いつか陽菜が、俺から離れてしまうんじゃないかって。

 けれど──彼女は俺を選んでくれた。
 この世界で一番信じたい言葉を、俺にくれた。

 「……陽菜。ありがとう」
 鼻の奥がつんとする。俺は、今、世界でいちばん幸せな男だ。

 ***

 ふと時計を見る。
 18時。
 ……ん? 陽菜が出かけたのは13時。
 もう5時間も経っている。
 「ちょっと買い物」のはずが、帰ってこない。

 背中に冷たい汗が伝う。

 スマホを開く。通知はゼロ。
 ……陽菜が、連絡もなしにこんなに遅くなるなんて。
 (まさか、何か──)

 反射的に電話をかける。
 手が震える。
 早く出てくれ。
 陽菜……陽菜……陽菜!

 ──ガチャ。

 「律、ただいま~! ……って、電話中? ごめんね」

 その声。

 「陽菜!」

 スマホをソファに放り投げ、彼女を抱きしめた。
 温かい。帰ってきた。俺のもとに。

 「……律、どうしたの?」
 陽菜は、困ったように笑う。
 手に持っていた買い物袋が、床に落ちる音がした。

 「ありがとう、帰ってきてくれて」
 「えっ……遅くなってごめんね。スマホの充電切れちゃって」
 「そうだったのか……陽菜が、無事でよかった……」
 「もう、大げさだなぁ」

 陽菜は俺を軽く引き剥がし、袋の中から白い箱を取り出した。

 「実はね、ケーキを予約してたの。開けてみて」

 箱を開けると、ふわりと甘い香りが広がった。苺が並ぶ、白いホイップのショートケーキ。その上にプレート。

 『いつもありがとう。ずっと一緒にいようね』

 胸がじんと熱くなる。

 「……陽菜」

 気づいたら、涙が頬を伝っていた。

 「律」

 彼女が笑う。あの日と変わらない、世界で一番やさしい笑顔で。

 「ずっと一緒だ。死ぬまで。いや、死んでからも」
 「あはは、天国でも?」
 「ああ。ずっと監視する」
 「天国でストーカー宣言はやめて」

 笑い声が、夜の空気に広がる。
 こんな時間が永遠に続けばいい。
 俺は、間違いなく幸せだ。

 これからも、新婚は──ずっと続いていく。
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