イケメンIT社長に求婚されました─結婚後が溺愛本番です!─
壇上に立った瞬間、世界がぐらっと揺れた気がした。

数十人分の視線が、正面から私に突き刺さる。
原稿を持つ手が、じんわりと汗ばんでいく。

(やばい……吐きそう……)

「深呼吸です。大丈夫ですよ」

すぐ隣。
水野さんが、マイクの下でそっと声をかけてくれた。

その声音は相変わらず落ち着いていて、
「支えられている」という実感が、少しだけ体を軽くする。

(うん、大丈夫……私、ちゃんと話せる……)

私は息を整えて、マイクに向き直った。

 

──イベントは順調に進行した。
最初の挨拶も、受賞者紹介も、なんとか大きなミスなくこなせた。

水野さんは、私の後ろで静かに cue を出し続け、
言い淀んだときは目でタイミングをくれる。

その距離は、絶妙だった。
近すぎず、遠すぎず。心を支えるための寄り添いそのもの。



 
──けれど。

会場後方、最上段に座るひとりの男は。

その様子を見ながら、たっぷりと不機嫌になっていた。

 
(……水野の横、長くない?)

葉山律は、壇上を眺めながら足を組み直す。

(というか、なんであいつ、こんなナチュラルに妻に触れてんの?)

(あの位置、マイクより近いよな?)

(しかも、目と目で合図? それ、いる?)

心の声が渋滞している。

顔は笑っているふりをしているが、唇は真横に伸びている。

(……司会、俺がやればよかった)

式が終わったあと、彼は会場のど真ん中で社長スマイルを貼りつけながらも、怒りを燃やしていた。

 

 

控室に戻った私がスーツのジャケットを脱ごうとしたその瞬間、
背後から、ぴたりと張りつくような気配がした。

「──ひっ!?」

「お疲れさま。頑張ってたね」

振り返ると、いつの間にか律が立っていた。

……いや、これは「立ってる」って距離じゃない。
肩に触れるほど近くて、目が合った瞬間、ぞくっとするほど熱っぽい視線を感じた。

「すっごい綺麗だった。壇上の君。……俺以外が見てたのが残念だけど」

「ちょっ……ま、待って、社長、ここ会社……!」

「うん。会社。なのに──」

律は、私の髪をそっと耳にかけた。

「水野が、君にあんな顔するんだなって。……知れてよかった」

「えっ」

「俺、思ってたより独占欲強いかもしれない」

「い、今さら!?」

「……なあ、今すぐ帰って、甘やかしてもいい?」

その声音が低く囁かれたとき、私はもう、何も言えなくなっていた。

──たぶん、壇上に立っていたあの時間よりも、
いまのこの瞬間のほうがずっと、息が詰まりそうだ。
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