イケメンIT社長に求婚されました─結婚後が溺愛本番です!─

○水野大輔の、静かで激しい片想い

日本における離婚率は、年々上昇傾向にある。
2022年の統計では、3組に1組が離婚を経験するという。
つまり、結婚という制度は、必ずしも永遠を保証しない。

──だからといって、彼女の幸せを願っていないわけではない。

むしろ、心から願っている。
……僕が、代わりになりたいと思うほどに。

 

「水野さんって、彼女いないんですか?」

休憩室で、若い女性社員がカフェオレを差し出してきた。
柔らかくカールした髪、薄いベージュのネイル。悪くない距離感と視線。

「ええ、いませんよ」

「え、うそ。絶対モテますよね……」

「それは幻想ですね」

僕は笑って、カフェオレを受け取る。
口元だけの微笑は、曖昧な興味を静かに撫でる。

「今、気になる人とか……」

「もし僕が『既婚者に恋してます』と答えたら、どうしますか?」

彼女が一瞬固まる。

「……冗談です。でも、お気持ちは、ありがとうございます」

やんわりと、けれど明確に。
そうして相手の目を見て断れば、大抵の人はそれ以上踏み込まない。

──それが、僕の中で陽菜さんに向ける誠意のかたちだった。

 

彼女は、いつも誰よりも早く出社する。
スライド資料を作り直している姿も知っている。

飲み会では人の話に笑顔で相槌を打ちながら、自分のグラスにほとんど口をつけない。

(──努力家で、繊細で、でも芯がある)

たとえ社長にプロポーズされたからといって、簡単に流されたりしない。
彼女が律さんを受け入れたのは、“選ばれたから”ではない。

自分の意思で、愛したのだ。

その誠実さが、どうしようもなく愛しいと思ってしまった。

 

社長室から出てきた彼女とすれ違う。
僕はそっと会釈をした。

「おつかれさまです、望月さん」

「……おつかれさまです、水野さん」

控えめな笑顔。
けれど、その目には少しだけ充実した疲れが滲んでいた。

──彼女は、あの人と生きる覚悟を決めたのだろう。

だとしても、僕の中の想いは変わらない。

 

「すぐに離婚するかもしれない」──なんて、意地の悪いことは言わない。

でも、もしも。
ほんの少しでも、泣きたい夜があったなら。

僕は、一番静かな場所で、ずっと待っている。

誰よりも長く、彼女を見てきたこの目で。
彼女の涙を、ただ拭うために。

──社長よりも。
僕のほうが、ずっと陽菜さんのことを好きだ。
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