イケメンIT社長に求婚されました─結婚後が溺愛本番です!─
……また、何かあったな。
コピー機の前から戻ってきた陽菜さんの頬が、心なしか赤い。
歩き方もどこか落ち着かず、指先が少しだけジャケットの裾をいじっている。
まるで「何もないですよ」と言わんばかりの自然な笑顔で周囲に会釈をしているが、
ああいうときの彼女は、きまって「社長室で溺愛されたあと」だ。
あの人──葉山律は、わざわざ社内でまで愛情を隠さない主義らしい。
(……昼間にそういう態度を取られるのは、いささか迷惑だ)
そう思いながら、僕は机に向かい、スマートフォンをひらいた。
《陽菜さん観察メモ(非公開)》
・資料提出時、確認の声が毎回小さい。「これで合ってますか……?」→不安と信頼が混じった目線。好ましい。
・サラダには和風ドレッシング。油分控えめ。食の好みに性格が出ている。
・14時半を過ぎると、マウス操作がゆっくりになる→眠いときに頬杖をつく姿が、無防備でかわいい。
・社長との会話時、まっすぐ目を見る癖がある→感情がこもる瞬間。だがその目は、もう僕の知らない色をしている。
──そのときだった。
「……水野?」
背後から聞こえた声に、僕はすぐ画面を閉じるべきだった。
だが、反応が一瞬遅れた。
葉山律が、僕のスマートフォンの画面を覗き込んだ。
「……なんだこれは」
彼の声が低く落ちる。
「俺の妻を、何記録してるんだ」
「観察、です」
僕はスマホの画面を消し、淡々とポケットに戻した。
「……水野」
呼びかけの声に、熱が帯びていた。
「俺の妻だぞ。」
その「妻」という言葉に、思考がほんの一瞬だけ停止する。
だが、僕は口元をわずかに引き締め、目を細めた。
「“現時点では”……ですよね?」
沈黙。
彼の目が、明らかに鋭くなる。
社内でこれほど明白な敵意をぶつけられるのは、正直、不名誉であり……一種の光栄でもある。
「叶わないからこそ、ずっと見ていられる立場もあるんです」
それが、自分に言い聞かせる言葉だと知っている。
それでも、挑まずにはいられなかった。
ふと視線の端に、彼女がいた。
望月陽菜。
社長の隣でありながら、僕の手帳の中では永遠に「彼女」のままの人。
コピー用紙を抱えてこちらを見ていたが、すぐにくるりと向きを変えて去っていった。
(……気づいていたな)
「またバトルしてる……」
そう小さくつぶやいたように見えた口元が、なんとも言えず可愛かった。
僕の知らない顔を、あの人の前でいくつも見せる。
けれど、それでもいい。
僕の中には、僕だけが知っている彼女の記憶がある。
そして、それを手放すつもりは──まだない。
コピー機の前から戻ってきた陽菜さんの頬が、心なしか赤い。
歩き方もどこか落ち着かず、指先が少しだけジャケットの裾をいじっている。
まるで「何もないですよ」と言わんばかりの自然な笑顔で周囲に会釈をしているが、
ああいうときの彼女は、きまって「社長室で溺愛されたあと」だ。
あの人──葉山律は、わざわざ社内でまで愛情を隠さない主義らしい。
(……昼間にそういう態度を取られるのは、いささか迷惑だ)
そう思いながら、僕は机に向かい、スマートフォンをひらいた。
《陽菜さん観察メモ(非公開)》
・資料提出時、確認の声が毎回小さい。「これで合ってますか……?」→不安と信頼が混じった目線。好ましい。
・サラダには和風ドレッシング。油分控えめ。食の好みに性格が出ている。
・14時半を過ぎると、マウス操作がゆっくりになる→眠いときに頬杖をつく姿が、無防備でかわいい。
・社長との会話時、まっすぐ目を見る癖がある→感情がこもる瞬間。だがその目は、もう僕の知らない色をしている。
──そのときだった。
「……水野?」
背後から聞こえた声に、僕はすぐ画面を閉じるべきだった。
だが、反応が一瞬遅れた。
葉山律が、僕のスマートフォンの画面を覗き込んだ。
「……なんだこれは」
彼の声が低く落ちる。
「俺の妻を、何記録してるんだ」
「観察、です」
僕はスマホの画面を消し、淡々とポケットに戻した。
「……水野」
呼びかけの声に、熱が帯びていた。
「俺の妻だぞ。」
その「妻」という言葉に、思考がほんの一瞬だけ停止する。
だが、僕は口元をわずかに引き締め、目を細めた。
「“現時点では”……ですよね?」
沈黙。
彼の目が、明らかに鋭くなる。
社内でこれほど明白な敵意をぶつけられるのは、正直、不名誉であり……一種の光栄でもある。
「叶わないからこそ、ずっと見ていられる立場もあるんです」
それが、自分に言い聞かせる言葉だと知っている。
それでも、挑まずにはいられなかった。
ふと視線の端に、彼女がいた。
望月陽菜。
社長の隣でありながら、僕の手帳の中では永遠に「彼女」のままの人。
コピー用紙を抱えてこちらを見ていたが、すぐにくるりと向きを変えて去っていった。
(……気づいていたな)
「またバトルしてる……」
そう小さくつぶやいたように見えた口元が、なんとも言えず可愛かった。
僕の知らない顔を、あの人の前でいくつも見せる。
けれど、それでもいい。
僕の中には、僕だけが知っている彼女の記憶がある。
そして、それを手放すつもりは──まだない。