運び野郎と贋作姫
 「はい」
 『逃げられると思うな!』
 電源をいれた途端、怒鳴られたけれど、気にしていられない。
 「助けて、ヒトがいるの!」
 『はあ?』
 「私くらいのサイズのヒトが、血だらけになって道路に寝ている!」
 父はしばらく黙ったあと、質問された。
 『……そいつを助けてやれば、大人しくサインを入れるか?』
 迷っている暇はなかった。
 「少年」は絵画の中の死体のような顔色になってきている。
 「入れる!」
 『面倒をみてやってもいい。その代わりに綾華。一生、俺の命令を聞くんだぞ』
 わかった、と返事をした。
 私はまだ、一生の長さがどれくらないなのかを知らなかった。
 それからすぐに黒塗りのボックスカーが横付けされて、ヒトは運ばれた。
 お医者さんが呼ばれた。
 包帯だらけになったヒトは、私の部屋のベッドに寝かされた。
 医者の見立てでは栄養状況が悪く、放置されていれば数日のうちに命を落としていただろうとのことだった。
 「少年」のからだを診察した医者によると、首からぶら下げていたボロボロのお守り袋には数年前の日付と。
笘篠(とましの)咲良(さくら)。迷子になっていたら、近くの交番に連れて行ってください】
 とのメモと施設の名前が書いてあったという。
 「施設も潰れてますね。この年までなにをして生きてたのだか」
 父は医者を送る段になると、私の肩をぽんと叩いた。
 「綾華、ペットを飼ってやったんだ。こいつの食い扶持もしっかり稼げよ」
 「うん」
 私は返事もそこそこに「少年」ではなくて、咲良の顔を飽きることなく見つめ続ける。
 まつ毛が長い。鼻筋が通っている。包帯に覆われてしまったが額の形が美しい。
 「天使みたい」
 私は木炭紙にスケッチを描き始めた。
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