【番外編】孤高の弁護士と誓いの光 — 未来へ紡ぐ約束
応接室のテーブルには、案件資料とタブレット端末がすでに並べられていた。
紬と佐藤は、それぞれ画面を見ながら打ち合わせの最終確認をしている。

「この金額、もう一度しっかり見ておいて。高森様が一番不満を感じている部分だから」

「はい。えっと……ここですね。はい、大丈夫です。損害額の根拠、確認済みです」

真剣な表情でうなずきながらタブレットを操作する佐藤の横顔には、まだ緊張の色が濃い。
その様子に、紬はそっと目を細める。

(初めての外勤。真面目に頑張ってるな)

そのとき——

「こんにちは」

静かなドアの開閉音とともに、低く落ち着いた声が室内に響いた。

タブレットを手にした隼人が姿を現した。
端正なスーツ姿に無駄な動きはなく、視線は自然に二人へ向けられる——が、
その眼差しは、一瞬だけ紬と佐藤の距離を測るように留まり、わずかに鋭さを帯びた。

「こんにちは」とは言ったものの、その声音にはほんの少しだけ硬さが混じっていた。

「こんにちは。本日はお忙しい中、お時間いただきありがとうございます」

紬は努めて明るく、自然な声で挨拶を返す。
そして本題に入った。

「本日は『高森正隆様・車両全損対応』の件について、補償額と支払方針について法的な観点からご確認をお願いしたく、お伺いしました」

「資料はこちらです」と言いながら、紬は手元のファイルを隼人に差し出す。同時に、佐藤のタブレットを覗き込む。

「この部分の説明、覚えてる?」

「え、あ……はい。えっと……こちらが修理見積額で、こちらが代車費用、それに——評価損の取り扱いについては……」

「うん、そこまでで合ってる。落ち着いてね」

そう言って紬が優しく笑いながらタブレットの一部を指でなぞる。
その自然な仕草と、佐藤がまっすぐに信頼を寄せるような表情でうなずく様子。

——隼人は黙ってそれを見つめていた。
……ちょっと距離が近すぎじゃないか、とでも言うように。

彼の視線は、穏やかな空気をまとっていながらも、どこか鋭い。
無言の空気圧が微かに室内に漂った気がした。

(やっぱり、気になってるんだな)

紬は気づかないふりをしながらも、心のどこかでそわそわした感覚を覚える。
あくまでもこれは仕事で、後輩育成の一環。
私情を持ち込まれては困る……のだけど。

(……あとで、ちょっとフォローしておこう)

わずかに息をつき、紬は説明を続ける。

「高森様の主張としては、評価損や精神的損害も加味すべきとのご意見がありまして。ただ、現時点で当社としては契約上の補償限度を超えての支払いは困難だと考えています」

「なるほど。じゃあ、こちらとしても訴訟リスクを念頭に、請求の妥当性を精査しておきます」

隼人が資料に目を落としながら応じる。
その口調は変わらず理性的だが、その隣に座る紬と佐藤の間に流れる空気に、ほんの微かな違和感を感じ取っているようだった。

応接室には、静かな張り詰めた緊張と、どこか不確かな温度が、同時に漂っていた。
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