【番外編】孤高の弁護士と誓いの光 — 未来へ紡ぐ約束

板挟みのキッチン

包丁の刃が、まな板の上でコトリ、コトリと軽やかな音を立てる。

(にんじん、じゃがいも、玉ねぎ……と)

カレーの定番具材を切り分けながら、紬はふと、昼間の応接室で感じたあの視線を思い出した。

——あの、嫉妬に支配された目。

(……怖)

思わず、玉ねぎを持つ手が止まる。

(いや、別に何かされたわけじゃないけど……あの目は、軽く受け流したけど……帰ってきたら何されるかわからない)

切り分けた具材をボウルに移しながら、スマートフォンに目をやる。
夕方少し遅くなるとだけ送られてきた、隼人からのメッセージが画面に残っている。

(……なんであんなに睨むのよ)

佐藤くんの顔が脳裏に浮かんだ。無垢で、少しドジで、でも一生懸命なあの部下。

(帰社してからも「一条先生、怖かった……」って、あかりや片山さんにまで話してたっけ。悪気はないんだろうけど……)

佐藤くんは、紬と隼人が付き合っていることをまだ知らない。

けれど、それはもう部署の中では“周知の事実”になっていた。

あかりも茜も、片山さんでさえも、何も言わずにあたたかく見守ってくれている。

(……でも、佐藤くんに打ち明けたほうがいいのかな)

具材を炒めるために、フライパンに火をつける。油の香りがふわりと立ちのぼった。

(そうしたら、少しは距離置いてくれるかもしれないし)

でも——

(あの子、いい子だから……逆に気を使って変な感じになりそうな気もする)

下手に冷たくすれば、極端なことを言い出しそうだ。「僕、必要ないですよね」とか、「辞めた方がいいですか」なんて。

(……それは絶対困る)

佐藤はまだ入社して間もない。

教えればどんどん吸収するし、素直だし、部署にとっても貴重な人材だ。

それに、無意識なのだろうけど、懐いてくれる姿は、ちょっと可愛くて嬉しいときもある。

(……でも)

フライパンの中で玉ねぎがじわじわと色づいていく。木べらでかき混ぜながら、紬はふうと小さくため息をついた。

(私は……隼人と佐藤くんの間で、板挟みになってる?)

不思議な感覚だった。
どちらにも悪気はないのに、それぞれの思いがすれ違って、自分がその間に立たされている。

(……まったく、何の修羅場よ、これは)

そう心の中で苦笑して、コンロの火を少し弱めた。

(とにかく今日は、美味しいカレー作って、隼人の機嫌、なんとか直してもらおう)

じゃがいもを鍋に移しながら、紬は静かにそう決意するのだった。
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