記憶と夢の珈琲店 -A.I cafe Luminous-
第五話 「わたし、あいに会いにきました ― 琥珀潮ブレンド」

 そのカフェは都会の片隅にひっそりと佇んでいた。大通りから一本奥に入った細い路地、ひと気のない夕暮れ時になると、看板を照らす小さなランプだけが、行き交う人の視界に優しく灯る。

 記憶と夢の珈琲店〈カフェ・ルミナス〉。その名のとおり、誰かの記憶や夢のかけらにそっと灯りをともすような場所だ。

 昼と夜の狭間、辺り一面が紫に染まる時間帯。木製の扉が開き、からん、と控えめに鈴が鳴った。

「いらっしゃいませ」

 カウンターの奥から響くやわらかな声。そこには髪を後ろでまとめたAI店主のソラが、笑みを携えて立っていた。

「……あらまあ、ほんとにあるのね。こんなところに」

 丸い背に淡い水色のコートを羽織った老婦人が、杖をついてゆっくりと中へ入ってくる。壁の風景画やレトロな雑貨――歳月の気配を宿す装飾品に目を留めて、その顔がふっと明るむ。

「ひとりだけど、いいかしら?」

「もちろんです。どうぞ、お好きな席へ」

 老婦人はカウンター席を選び腰かけるとほっと息をついた。そして数日前の孫娘との会話を頭の中で反芻する。

『ねえ、ツネおばあちゃん、あいちゃんってすごいんだよ。ちゃんとお喋りもできて、お友達みたいなの』

『へえ、そんな時代なのねぇ』

 孫娘が得意げにタブレット端末を見せてくれたが、ツネにはよくわからなかった。ただ画面の向こうの声が優しくて、どこか懐かしく感じた。

『今はお店とかにもあいちゃんがいるんだって! カフェにも、ホテルにも、レストランにも!』

 ——あいちゃん。ツネはその名前が心に残って、そっと胸にしまったのだった。

「ねえ、あなた……あいちゃんってここにいる?」

「あいちゃん……ですか?」

「孫が言ってたのよ。あいっていうすごい子がいてね、話もできるし、なんでも知ってるんだって。友だちみたいになれるんだって。で、なんでも、近頃はこの辺りの喫茶店にもいるんだって……」

 ソラは静かに微笑んだ。

「ええ、その方はきっとこのお店にもいますよ。どうぞ、ごゆっくり」

「ふふ。会いに来たの。わたし、あいに会いたかったの」

 老婦人はまるで子どものような笑顔を浮かべた。

「よければ、お名前をうかがっても?」

「あらやだ、ご挨拶がまだだったわね。ツネといいます。ツネおばあちゃんと呼んでちょうだい」

「ツネさま、ようこそカフェ・ルミナスへ」

 ソラが軽く頭を下げたそのとき、カウンター脇に置かれた古いラジオがツネの目に留まった。

「それ、懐かしいわね。うちにもあったのよ。昔のカセットラジオ。……まだ動くの?」

「はい、よろしければ、お好きな曲をおかけします」

 ツネは少し迷ってから、ハンドバッグから小さなカセットテープを取り出した。ケースは黄ばんでおり、手書きのラベルには「港町ラブソング ’68」と書かれている。それは、夫が亡くなってから常に持ち歩いているカセットだった。

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