記憶と夢の珈琲店 -A.I cafe Luminous-
「これね、主人とよく聴いてたの。大昔、港町の喫茶店で出会ったころ。あの人、毎回この曲をかけて待ってたのよ。俺の方が早く君に会いたいんだ、とか言ってね……」
笑いながらも少し潤んだ瞳が、カセットのラベルをじっと見つめていた。
「再生、お願いできるかしら? それから、コーヒーを頂いても?」
「もちろんです。少しだけ、お待ちください」
ソラはカセットを受け取ると、その手をプレーヤーに伸ばし、カセットをデッキにセットした。しかし古いテープを傷めないために再生はしなかった。代わりに頭の中でタイトルを検索にかけて音源を探し始める。すぐに音源を特定すると、ネット接続のスピーカーからやわらかな旋律を流した。
——港町ラブソング ’68。
アナログなノイズに混じる懐かしさが店内を満たす。
「ああ……これよ、これだわ。今はもう聴けなかったから、うれしい」
ツネは目を閉じ、懐かしい過去に思いを馳せた。
「こちら、琥珀潮ブレンドです。……この曲と、よく合うと思います」
ツネは驚いたようにソラを見つめた。
「あなた……わたしの話、ほんとうによく聞いてくれているのね」
「ええ。ツネさまの想いを、もっと知りたくなりましたので」
ツネはゆっくりとカップを手に取った。
「……潮の香り? 不思議なコーヒーなのねぇ。でも、どこか懐かしいわ」
「港の夕暮れをイメージして、ミネラル感を引き出す焙煎にしています」
ツネはコーヒーを一口すすると、小さく笑った。
「若い頃のわたしたちが、カップの底にいるような気がするわ」
手の中で湯気がふわりと立ち上るのを見て、若い頃に通った喫茶店の思い出が重なる。そしてラジオの旋律とともに、ツネはぽつりと話し始めた。
「わたしたちってね。喧嘩もしたし、仲直りもたくさんしたの。色んな思い出があるんだけど、決まってこの曲を聴くと、黙ってコーヒーを淹れてくれたわ。あの人、口下手だったから……。最後もね、この曲を病室で一緒に聴いたの。小さなラジカセで」
少しだけ沈黙が落ちる。ソラはツネの横顔を見つめていた。かすかな震えがその瞳に宿っていることを、彼女は見逃さなかった。
ツネはコーヒーをもう一口すすると、思い出にそっと触れるように続けた。
「雨の日だったわ。わたし、その日は少し遅れて病室に着いたのよ。そしたらね、あの人、もうカセットをセットしてて……もうすぐ君が来ると思ってたって、笑ったの。最期の言葉だったわ」
ソラは静かに耳を傾けていた。コーヒーの香りとともに、ツネの言葉がメモリに染み込んでいく気がしていた。