君が最愛になるまで
***


予定通り仕事を終えた私はデスクの上を片付けて帰り支度を整える。
作業が家でもできるようにパソコンをしっかりとカバンの中に忍ばせた。


「つむつむもう上がり?」

「うん。あとは家でやろうかなって」

「そっか。おつかれさま!またね〜」


カバンを持って真夏ちゃんに手を振って下まで向かうためにフロアを出ようと歩き出す。
するとどこからか戻ってきた要くんとばったり遭遇した。


「お疲れ様、紬希ちゃん。今帰り?」

「うん。お先に上がるね」

「気をつけてね」

「ありがと。要くんもあんまり遅くならないようにね」

「うん分かった。紬希ちゃん、どっか行くの?」

「え、なんで分かるの?」

「んーなんか雰囲気?ほら俺いつも紬希ちゃんのこと見てるから」


まさか要くんに言い当てられるとは思ってもおらず正直驚いた。
そんなに出かけることの空気感が漏れていただろうか。


千隼くんとのご飯が楽しみではあるが、それが外に出てしまっていたと思うと少し恥ずかしい。
気を引き締めないとな、なんて思いながら要くんに笑いかける。


「今度、俺も紬希ちゃんのこと誘っていい?」

「もちろん。一緒に行こう。真夏ちゃんも誘う?」

「うーん⋯⋯いや、2人がいいかな」


要くんと2人でご飯に行ったことはない。
いつも真夏ちゃん含めた同期3人で行くことはあったが2人で誘われたのは初めてだった。


思いもよらないお誘いで驚き目をぱちくりさせていると目の前で要くんがふわりと笑う。
その視線はどこか甘くて身体がむず痒くなるような気がした。


「要くんと2人は初めてだね」

「でしょ?美味しいお店あるんだ。今度行こう」

「うん。楽しみにしてる。じゃあまたね」


要くんからの視線が今までと違うことには何となく気づいていた。
前に好きな人の話をした日から少しずつ要くんの私への態度が分かりやすく変わった気がする。


さすがの私にも分かる。
何となく要くんは私に好意を抱いてくれているのではないかと。


2人でご飯に行くことは要くんに期待させるような行動なのかもしれない。
言葉でちゃんと伝えられたわけではないため私の勘違いかもしれないが、多分気のせいじゃないだろう。


そんなことを考えながらエレベーターを降りて会社を出て少し歩くと外でスマートフォンを見ながらた佇む千隼くんの姿が見えた。
黙っていればやはりその姿はすごくかっこいい。


この人が私の幼なじみであることに多少の優越感を感じるものの、やっていたことは最低だ。
私の姿に気づいた千隼くんは小さく微笑む。


「紬希お疲れ」

「ごめん待たせた?」

「いや待ってない。何か食べたいものはあるか?」

「そうだな……イタリアンとかはどう?」

「いいな。それなら美味しい場所を知ってる。そこに行こう」


そう言って千隼くんはゆっくりと歩き出した。
まるで私の歩幅に合わせるような気遣いを感じ、こういうところは昔から変わってないんだなと再認識する。


それと同時に私が食べたいものを言ったらすぐに思い浮かぶくらいここら辺のお店に詳しくなっていることに少しだけ胸が痛んだ。
きっと多くの金曜日に違う女性たちと食事をしてその後に甘い夜を過ごしていたんだろう。


私が知らない場所でそうやって女性たちと過ごしてきたと思うと心にどろっとして感情が落ちていく。
いっちょまえにそんな感情になる自分がひどく滑稽に思えた。


「なんか不機嫌なのか?」

「え、そんなことないと思うけど」

「難しい顔してるけど。考え事?」


あなたのことを考えてモヤモヤしてました、なんて口が裂けても言えない。
なんでもないよ、と言って千隼くんに笑いかけるもの、どこか納得していないように彼は私を見つめる。
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