君が最愛になるまで
私を見下ろす瞳はどこか無機質で感情の色が読めず、何を考えているのか分からない。
冷たく見つめられ、少しだけ怖いと思った。


「来週の金曜日。仕事終わりに時間作ってくれ」

「⋯⋯分かった」

「楽しみにしてる」


そう言った千隼くんは私の頭をポンっと撫でて会議室の鍵を開けて出ていった。
次々とこぼれた言葉は私の本心ではなくて、ただ千隼くんに言われたくないというムキになってしまったことによって言うつもりのないことまでぶつけてしまった。


だけどわざわざ要くんと話しているのを遮るようにする理由も分からないし、千隼くんにどうこう言われる理由もない。
モヤモヤした気持ちを抱えながらも気持ちを落ち着かせて私も会議室を出る。


フロアに戻ると要くんにかなり心配された。
何事もなかったと安心させるように笑いかけると、ホッとしたように小さく微笑まれる。


一部始終を見ていた真夏ちゃんにも若干興奮気味に説明を求められ、素直にあったことを話した。
真夏ちゃんはんーと考えるように腕を組むと私の顔を見つめてぽつりと呟く。


「幼なじみとして取られるのが嫌だったのかな」

「そんな感情、千隼くんにはないと思うけど」


そう考えるのは私にとっては都合のいい考え方だ。
だけどそう思えるほど私は自分の立場に自信はない。


その後仕事をこなした私は約束通り、要くんと一緒に会社を出た。
その姿を何か言いたげな表情で千隼くんが見つめているなんて知る由もなかった───。


要くんが連れてきてくれた場所は幸か不幸か、最近千隼くんと一緒に来たイタリアンのお店だった。
どうやら最近オープンしたばかりだそうで、美味しいと巷で人気が出ているらしい。


「紬希ちゃん、よくお昼にイタリアン食べてるから好きなのかと思って」

「よく見てるね。うん、イタリアン好きだよ」

「よかった。美味しいってよく聞くからご飯楽しみだね」

「うん」


向かい合って座るこの光景はつい先日見たものと同じで、違うのは一緒に来ている相手だけ。
私を見つめて微笑む要くんはとても穏やかな顔をしている。


要くんは私に確認しながらもリードするようにメニューを頼んでくれた。
一緒に働いていて思うが彼はとても気遣いができるし、何より優しいしとても素敵な人だと思う。


同僚の中にも要くんをいいなと思っている人はたくさんいることくらい私も知っている。
そんな彼の瞳には今私しか映っていなくて、それは本当なら幸せなことなのに、私はどこか罪悪感を感じていた。


私が想いを寄せる人は別にいるのに、2人で会ってしまっていることに。
それを知ってか知らずか要くんはより優しくしてくれる。


「俺さ、今日ここに紬希ちゃんが来てくれて嬉しいよ」

「⋯大袈裟だよ」

「ううん、ほんとにそう思ってる。俺のワガママに付き合わせちゃってごめんね」


どこまでも優しい要くんに心がズキっと痛む。
お願いだからそんなに優しくしないでと心の中で願った。


「紬希ちゃんに前好きな子いるって言ったでしょ?」

「うん⋯⋯」

「あれね、紬希ちゃんのことなんだ。紬希ちゃんがきっと上手くいくよって言ってくれたから背中押してくれたから、俺も分かりやすくアプローチしようと思えたんだ。本当は俺たちの同期っていう関係を壊したくなくて臆病になってた」

「⋯ありがとうそう言ってくれて」

「紬希ちゃんが俺をただの同期としか思ってないことは分かってる。でも告白したことで少しでも意識してくれればいいかな、なんて思ってた」


料理がゆっくりと運び込まれてきた。
それを要くんが何も言わずに取り分けてくれる。


気遣いができるだけじゃなく、こんなに嬉しい言葉をこんなにも真っ直ぐに言える要くんが本当にかっこいい。
その気持ちを向けてくれる対象に選んでもらえたこともすごく光栄だ。


「でも、紬希ちゃんの心にはもう別の人がいるんだね」

「っ!」

「紬希ちゃんのことずっと見てきたからすぐに分かったよ。早乙女さんのことが紬希ちゃんは好きなんだね」


私の心をズバリ言い当てられ思わず言葉が引っ込んでしまう。
そんなに分かりやすく表情や態度に出してきたわけじゃないのに、要くんに言い当てられるなんて。
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