君が最愛になるまで
(あの日、疑わずに信じてよかった)


立ち止まっていた千隼くんは1歩私に近づくとそのまま何も言わずに私の身体ふわっと抱きしめた。
初めて触れるその体温に驚くと同時に、こんなに千隼くんの身体は大きかったんだと自覚する。


筋肉質な身体はすっぽりと私を包み込み、改めて男女の差を感じた。
ほんのり甘いような千隼くんの匂いが鼻腔いっぱいに広がりなせが心が落ち着いていく。


「千隼くん?」

「なんでもっと早く気づかなかったんだろ。紬希がこんなにもいい女だってこと」

「それ酔ってない時に言ってよ〜。明日には忘れてるかも」

「あぁ、これから何度でも言うから覚悟してろ」


苦しいくらいぎゅうぎゅうと強く抱き締められ痛いほど千隼くんの思いが伝わってくる。
好きな人にこんなふうに触れられるなんて、私はなんて幸せなんだろうか。


身体を離した千隼くんが私の顔を覗き込む。
その視線に熱が孕んでいるのをしっかり捉えながら目の前に広がる整った顔立ちを見つめ返した。


そしてゆっくりと千隼くんの顔が近づいてくる。
思わず千隼くんの身体を押し返してしまうと、彼はまた傷ついたように瞳を揺らした。


「ごめん紬希」

「あのね⋯違うの、その⋯⋯」

「紬希?」

「ここ外だから、いくら夜とはいえ恥ずかしい、です⋯」


いくら今が夜で私たちが歩いている通りにはあまり人が通らないとはいえ、外ではさすがに恥ずかしい。
そういう行動を恥ずかしげもなくできるところが慣れているんだと思い知らされる。


それに少しだけズキっと心が痛んだ。
小さな痛みを隠すように視線を逸らそうとすると、千隼くんが私の頬を両手で包み込み自分の方へ向ける。


「え、あの⋯千隼くん?」

「俺が好きになった紬希はいつも真っ直ぐで裏表がない」

「あ、はい⋯⋯」

「だから隠そうとするな。紬希の気持ち、隠さないでくれ」


私の真っ直ぐな部分や嘘をつかない部分が自分の心を動かしたと言ってくれた千隼くん。
大切な人に裏切られた当時の千隼くんがどれだけ辛い思いをしたか、私にはきっと計り知れないだろう。


だからこそ千隼くんが嘘や隠し事が嫌いなのはよく分かる。
それなのに私は今、自分の気持ちを隠そうとした。


「ごめん!千隼くん」

「紬希⋯?」

「私、今嘘ついた⋯⋯千隼くんが嘘とか裏切りとかそういうのが嫌いなのに私、千隼くんの嫌なことした。ごめん」

「⋯⋯⋯」

「千隼くんがキスしようとしてきて、すごく慣れてるなぁって思って。そうやって今までも同じようにしてしてきたのかなって思ったらモヤモヤしちゃって⋯」


(あぁもう最悪だ⋯⋯告白してくれた直後にこんなこと言って、絶対嫌われた⋯)


頬を包み込まれたまま私はまつ毛を落とす。
何も言ってくれない千隼くんを直視できず、不安でいっぱいの心が擦り切れそうだった。


「紬希」


そんな私の心と裏腹に千隼くんが私を呼ぶ声はとても甘くてまるで愛しさをそのまま溶け込ませたようだ。
あまりにも優しく名前を呼ばれ思わず顔を上げると柔らかく微笑んだ千隼くんと目が合う。


前に向けられた冷たく影が落ちたような視線なんて嘘のように、熱を帯びた視線が注がれ思わず頬が赤く染まった。
そのまま千隼くんの顔がゆっくりと近づいてきて柔らかい唇が重なり合う。


交わる唇からお互いの熱が伝わり身体の芯から何かが込み上がるような気がした。
なんて幸せなキスなんだろう。


「ん⋯⋯」

「紬希まじでかわいい」

「え、いきなり?」

「紬希が嘘つかずにそうやって全部言ってくれると嬉しい。隠さず教えて。嫌なことも嬉しいことも全部」

「⋯私、嫌な女だよきっと」

「そうさせたのは俺の過去の行いのせいだから。全部ぶつけてほしい」


千隼くんは私の不安もモヤモヤも全て包み込むように私の身体を抱き寄せた。
彼の大きな背中に腕を回す。


ここが外だなんて気にならないくらい夢中で千隼くんの存在を確かめるように隙間がなくなるほど強く抱き締めあった。
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