忘れられぬにおい


「薫人《ゆきと》って不思議… だって薫人を感じさせる匂いがしないんだもん…」

結香《ゆいか》はおれの体のあちこちをくんくん犬のように嗅ぎ回りながらおれの痕跡を探す

「おれにそんなこと言われてもわからんのよな、自分の匂いなんて考えたこともないから」

つられておれも自分の体をくんくんしてみる
酒もタバコもやんないからかな?なんて思ってみたりもするが、やっぱり自分じゃわからん

「一緒にいない時でも匂いで思い出すこともできないじゃん? もうさ、30も過ぎてたらそれなりの体臭も普通あるだろー」

そればっかはおれに言われても困る… てか、匂いも臭いもあればあるで文句言われる時もあったりで難しいもんだなと思う

「でもね、そういうの抜きにしてもわたしはこうして薫人《ゆきと》の胸を枕にして寝るのが好きなの」

かわいーやつ…内心そう思った
さっきまであんなに乱れてたのが嘘みたいに子どものように思えてしまう
女性が、って言うより結香《ゆいか》がかわいーんだろうな…
さっきまで話してたかと思うと、おれの胸を枕にスヤスヤ寝息をたててる
その髪の毛を撫でながらおれは結香を確かめるように手の届く範囲で体を撫でる…

あんなに掻いてた汗もすっかりひいて乾いた素肌を晒している いつまでも瑞々しく張りのある肌に結香がまだ20代だったと思い出す

もう30をまわって結婚もすっかり諦めてたおれは、結香と出会った
取り引き先で出会ったおれたちのどこに接点があったのかなんて今となってはどうでもいいことだ
毎日の挨拶、何気ない会話、そんなものは誰にだってしていることだ なにも結香だから特別だったわけじゃない
それでも今こうして結香はおれの腕の中にいる
つきあって半年になろうとしている…わからんもんだ






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