うちのかわいい愛猫が、満月の夜にイケメンに!? 主従関係になるなんて聞いてません!
7 ウキネの真実
そのあと、レンゲといっしょに、ナズナさまの住まいまで、ハコベラさんのことを報告しに行った。
リビングでくつろいでいたナズナさまは手を叩いて、寝そべっていたソファから立ちあがった。
「ウキネの結界をへし切る最大のチャンスや! チカナ、お手柄やな~! しかし、どう潜入するつもりなん?」
「モクレンの幻術はどうかな、って」
「あやつの幻術も、だいぶ成長しとるからな。そんで、決行は?
「今夜……です」
ナズナさまが口をポカンと開けて、驚いている。
「そら……急な話やな?」
「さっき、ハコベラさんが店に電話してきたんです。急に日取りを今夜にしてくれって、霜月の宿にいわれたそうで」
「こっちの流れ、読まれとるな」
ナズナさまが、リビングの窓を見る。
一匹の黒猫がわたしたちのようすをうかがっていた。
「アネモネの使いや」
ナズナさまが、カラスの羽を一本手に取り、窓の黒猫に向かって、ダーツのように投げた。
黒猫は一瞬で、サッと飛びのき、逃げて行く。
そのとき、誰かがコンコンと、リビングのドアをノックした。
ヤクモが、ふたつのカップとポットが乗ったトレイを持って、入ってくる。
ナズナさまが、ソファに座りなおし、姿勢を正した。
「新メニュー、持ってきたぞ。レンゲとチカナもいたのか」
「これが、新メニュー? 甘くて、いいにおいがする」
「スイートポテトジンジャーミルクだ。甘くて、ピリッとしたホットミルク。疲れが吹っ飛ぶぞ」
ほかほかと温かいゆげが、立ちのぼる。
甘いサツマイモと、スパイシーな生姜の香りをホットミルクが優しく包んでる。
「今夜、おまえたちもいっしょに行くだろ? 乾杯して、士気を高めるか?」
ヤクモは近くの棚から、さらにカップをふたつ取り出し、ポットにミルクを注いだ。
「レンゲも、飲むだろ?」
「……ああ」
ヤクモにカップを渡され、漂ってくるにおいを鼻いっぱいに吸いこんだ。
甘いミルクのにおいを嗅いで、少しだけ気持ちが落ち着いてきたのがわかる。
自分ではわかっていなかったけど、たしかにわたしは、緊張していたみたいだ。
ヤクモがカップを、少しだけかかげる。
「じゃあ、おいしい飲み物と、毎日のきれいな月に」
「自分でいうか」
「気合が入りすぎないほうがいいだろ? おれたちはさ」
そういって、ヤクモとナズナさまはのんびりと、ミルクを飲んだ。
レンゲは、ジッとわたしを見つめている。
「レンゲは、何に乾杯する?」
「……よくわからない。チカナが決めてくれ」
「そっか。じゃあ、これからもわたしたちが、いっしょに過ごせますように」
そっとカップを掲げると、レンゲがフッと笑った。
「乾杯では、願い事は叶わないぞ」
「それじゃあ、レンゲが叶えてよ」
すると、レンゲは心底嬉しそうに、ほほ笑んだ。
「ああ。マスターの仰せのままに」
■
いよいよ、わたしとレンゲ、シロツメとヤクモ、モクレンの五人はハコベラさんの案内で、霜月の宿の前まで来ていた。
ナズナさまは今回も店で、待機とのことだった。
宿の門が遠くに見える茂みに隠れている。
ハコベラさんは先に行って、宿の案内係の注意を引きつけておく段取りだ。
さっそく、霜月の宿の門へ向かって行った。
「よし。おれたちも行動を開始するぞ」
ヤクモの号令で立ちあがろうとしたときだった。
レンゲたちが、とある気配に気づいた。
レンゲとシロツメが、わたしとヤクモを自分たちの後ろに押しこむ。
「何? どうしたの?」
小声でいうと、レンゲが指をさした。
霜月の宿の門に、誰かが入っていくところだった。
「あれは……」
あの感じ、見覚えがあった。
タルヒさんに取り憑かれた、タンポポと同じ表情だ。
取り憑かれたキノ・キランが、霜月の宿の門をくぐっていく。
「追うよ、レンゲ!」
「……仰せのままに」
レンゲがわたしを、シロツメがヤクモを抱きかかえ、走り出す。
モクレンも後に続き、霜月の宿にもぐりこむ。
わたしたちは宿の廊下を駆け抜け、例のキノ・キランを追いかける。
しかし、キノ・キランはふらふらと歩いているにも関わらず、なぜか全然追いつけない。
「レンゲでも追いつけないって、いったい何の動物なの? ジャックウサギとかチーターとか?」
「おれがそんなやつらに負けるとおもっているのか?」
レンゲが不機嫌そうにいう。
「ツララも不思議なちからを持っていた。何か、秘密があるのかもな」
ヤクモが、レンゲをなだめるようにフォローしてくれる。
あのとき、ツララさんは氷を操っていた。
ウキネさまのちからが、関係しているのかも。
そろそろ、宿の奥まで辿りついてしまいそう。
「チカナ」
名前を呼ばれ、レンゲの腕のなかで、からだを起こした。
「どうしたの」
「あいつは、あそこに入っていった」
そこは『満月の間』と書かれた札がかけられている、広間のようだった。
「あのなか、たくさんの気配を感じる」
シロツメが、頭の後ろで両手を組んだ。
「ぎょうさんの、キノ・キランの気配やな」
モクレンがくちびるの端を吊りあげる。
「捕まったキノ・キランたちで、間違いなさそうだな? ……どうする、マスター」
レンゲが、わたしのからだをゆっくりと、降ろした。
「助けよう。わたしたちで」
レンゲが、静かにうなずいた。
ヤクモとシロツメ、モクレンもしっかりと、うなずく。
「――よし、行こう」
満月の間の前の戸を、音を立てないよう、するすると引いた。
なかをのぞき、わたしはあっけに取られてしまう。
「な、なにこれ……」
広い部屋のなかでは、キノ・キランたちが元気に歌って踊って、はしゃぎまくっていたのだ。
飲んで、食べて、大笑いして、ここにいるみんな、時間を忘れて楽しんでいる。
「――楽しそうじゃろう?」
後ろから聞こえてきた声に、わたしは息を飲んだ。
この気配に、レンゲも、シロツメも、モクレンも誰も気づかなかった。
レンゲが、わたしをかばうように、全力で相手とのあいだに入る。
もちろんそれは、聞き間違えるはずのない声だった。
「う、ウキネ……さま」
声が、自然と上ずった。
何を考えているのかわからない、ぶきみな彼女の微笑み。
穏やかな口調に、冷たい目元。
「ウキネさま。あなたは、何をしようとしているの?」
すると、ウキネはスウッと、口を三日月のようにした。
「――キノ・キランの世界を作るんじゃよ」
「なんだ、それは……?」
ヤクモが、いぶかしげに眉を寄せた。
ウキネが、わざとらしく悲しそうに両手をひらひらとさせる。
「人間の世界は、自分勝手に作られている。自分たちの娯楽のためだけに、動物たちを利用し、飽きたら捨ててしまう。だから、動物たちは病に倒れてしまった」
病……三日月祭の伝説にある、あの話のこと?
昔、この町の動物たちは、みんな病気になってしまった。
だからって、それが人間のせいだっていうの?
「だから――人間などいない、キノ・キランだけの清浄な世界を作るんじゃよ。そのために、キノ・キランたちをここに連れて来ているのじゃ。ほれ、ここにいるみんな、楽しそうじゃろう?」
たしかに、そうだけど。
「それでも……やりすぎだよ!」
わたしは叫んだ。
「なんじゃと」
ウキネさまが、ぴくりときれいな眉を吊りあげる。
それでも、わたしは臆さずに続けた。
「むりやり連れてくるのは、やっぱり間違っていると思う。タルヒさんに取り憑かれたタンポポは、とても悲しそうだった。ヤドリギさんだって、人間のツララさんとのまた出会えて、絆を再確認して嬉しそうだった! キノ・キランのみんなが人間といっしょにいることが間違っているなんて、あるはずない!」
わたしは声のかぎり、叫んだ。
宴会の楽しげな雰囲気なんか、知らない。
だって、こんなのひど過ぎる。
「――チカナさん。それこそ、あなたの思いこみではありませんの?」
リビングでくつろいでいたナズナさまは手を叩いて、寝そべっていたソファから立ちあがった。
「ウキネの結界をへし切る最大のチャンスや! チカナ、お手柄やな~! しかし、どう潜入するつもりなん?」
「モクレンの幻術はどうかな、って」
「あやつの幻術も、だいぶ成長しとるからな。そんで、決行は?
「今夜……です」
ナズナさまが口をポカンと開けて、驚いている。
「そら……急な話やな?」
「さっき、ハコベラさんが店に電話してきたんです。急に日取りを今夜にしてくれって、霜月の宿にいわれたそうで」
「こっちの流れ、読まれとるな」
ナズナさまが、リビングの窓を見る。
一匹の黒猫がわたしたちのようすをうかがっていた。
「アネモネの使いや」
ナズナさまが、カラスの羽を一本手に取り、窓の黒猫に向かって、ダーツのように投げた。
黒猫は一瞬で、サッと飛びのき、逃げて行く。
そのとき、誰かがコンコンと、リビングのドアをノックした。
ヤクモが、ふたつのカップとポットが乗ったトレイを持って、入ってくる。
ナズナさまが、ソファに座りなおし、姿勢を正した。
「新メニュー、持ってきたぞ。レンゲとチカナもいたのか」
「これが、新メニュー? 甘くて、いいにおいがする」
「スイートポテトジンジャーミルクだ。甘くて、ピリッとしたホットミルク。疲れが吹っ飛ぶぞ」
ほかほかと温かいゆげが、立ちのぼる。
甘いサツマイモと、スパイシーな生姜の香りをホットミルクが優しく包んでる。
「今夜、おまえたちもいっしょに行くだろ? 乾杯して、士気を高めるか?」
ヤクモは近くの棚から、さらにカップをふたつ取り出し、ポットにミルクを注いだ。
「レンゲも、飲むだろ?」
「……ああ」
ヤクモにカップを渡され、漂ってくるにおいを鼻いっぱいに吸いこんだ。
甘いミルクのにおいを嗅いで、少しだけ気持ちが落ち着いてきたのがわかる。
自分ではわかっていなかったけど、たしかにわたしは、緊張していたみたいだ。
ヤクモがカップを、少しだけかかげる。
「じゃあ、おいしい飲み物と、毎日のきれいな月に」
「自分でいうか」
「気合が入りすぎないほうがいいだろ? おれたちはさ」
そういって、ヤクモとナズナさまはのんびりと、ミルクを飲んだ。
レンゲは、ジッとわたしを見つめている。
「レンゲは、何に乾杯する?」
「……よくわからない。チカナが決めてくれ」
「そっか。じゃあ、これからもわたしたちが、いっしょに過ごせますように」
そっとカップを掲げると、レンゲがフッと笑った。
「乾杯では、願い事は叶わないぞ」
「それじゃあ、レンゲが叶えてよ」
すると、レンゲは心底嬉しそうに、ほほ笑んだ。
「ああ。マスターの仰せのままに」
■
いよいよ、わたしとレンゲ、シロツメとヤクモ、モクレンの五人はハコベラさんの案内で、霜月の宿の前まで来ていた。
ナズナさまは今回も店で、待機とのことだった。
宿の門が遠くに見える茂みに隠れている。
ハコベラさんは先に行って、宿の案内係の注意を引きつけておく段取りだ。
さっそく、霜月の宿の門へ向かって行った。
「よし。おれたちも行動を開始するぞ」
ヤクモの号令で立ちあがろうとしたときだった。
レンゲたちが、とある気配に気づいた。
レンゲとシロツメが、わたしとヤクモを自分たちの後ろに押しこむ。
「何? どうしたの?」
小声でいうと、レンゲが指をさした。
霜月の宿の門に、誰かが入っていくところだった。
「あれは……」
あの感じ、見覚えがあった。
タルヒさんに取り憑かれた、タンポポと同じ表情だ。
取り憑かれたキノ・キランが、霜月の宿の門をくぐっていく。
「追うよ、レンゲ!」
「……仰せのままに」
レンゲがわたしを、シロツメがヤクモを抱きかかえ、走り出す。
モクレンも後に続き、霜月の宿にもぐりこむ。
わたしたちは宿の廊下を駆け抜け、例のキノ・キランを追いかける。
しかし、キノ・キランはふらふらと歩いているにも関わらず、なぜか全然追いつけない。
「レンゲでも追いつけないって、いったい何の動物なの? ジャックウサギとかチーターとか?」
「おれがそんなやつらに負けるとおもっているのか?」
レンゲが不機嫌そうにいう。
「ツララも不思議なちからを持っていた。何か、秘密があるのかもな」
ヤクモが、レンゲをなだめるようにフォローしてくれる。
あのとき、ツララさんは氷を操っていた。
ウキネさまのちからが、関係しているのかも。
そろそろ、宿の奥まで辿りついてしまいそう。
「チカナ」
名前を呼ばれ、レンゲの腕のなかで、からだを起こした。
「どうしたの」
「あいつは、あそこに入っていった」
そこは『満月の間』と書かれた札がかけられている、広間のようだった。
「あのなか、たくさんの気配を感じる」
シロツメが、頭の後ろで両手を組んだ。
「ぎょうさんの、キノ・キランの気配やな」
モクレンがくちびるの端を吊りあげる。
「捕まったキノ・キランたちで、間違いなさそうだな? ……どうする、マスター」
レンゲが、わたしのからだをゆっくりと、降ろした。
「助けよう。わたしたちで」
レンゲが、静かにうなずいた。
ヤクモとシロツメ、モクレンもしっかりと、うなずく。
「――よし、行こう」
満月の間の前の戸を、音を立てないよう、するすると引いた。
なかをのぞき、わたしはあっけに取られてしまう。
「な、なにこれ……」
広い部屋のなかでは、キノ・キランたちが元気に歌って踊って、はしゃぎまくっていたのだ。
飲んで、食べて、大笑いして、ここにいるみんな、時間を忘れて楽しんでいる。
「――楽しそうじゃろう?」
後ろから聞こえてきた声に、わたしは息を飲んだ。
この気配に、レンゲも、シロツメも、モクレンも誰も気づかなかった。
レンゲが、わたしをかばうように、全力で相手とのあいだに入る。
もちろんそれは、聞き間違えるはずのない声だった。
「う、ウキネ……さま」
声が、自然と上ずった。
何を考えているのかわからない、ぶきみな彼女の微笑み。
穏やかな口調に、冷たい目元。
「ウキネさま。あなたは、何をしようとしているの?」
すると、ウキネはスウッと、口を三日月のようにした。
「――キノ・キランの世界を作るんじゃよ」
「なんだ、それは……?」
ヤクモが、いぶかしげに眉を寄せた。
ウキネが、わざとらしく悲しそうに両手をひらひらとさせる。
「人間の世界は、自分勝手に作られている。自分たちの娯楽のためだけに、動物たちを利用し、飽きたら捨ててしまう。だから、動物たちは病に倒れてしまった」
病……三日月祭の伝説にある、あの話のこと?
昔、この町の動物たちは、みんな病気になってしまった。
だからって、それが人間のせいだっていうの?
「だから――人間などいない、キノ・キランだけの清浄な世界を作るんじゃよ。そのために、キノ・キランたちをここに連れて来ているのじゃ。ほれ、ここにいるみんな、楽しそうじゃろう?」
たしかに、そうだけど。
「それでも……やりすぎだよ!」
わたしは叫んだ。
「なんじゃと」
ウキネさまが、ぴくりときれいな眉を吊りあげる。
それでも、わたしは臆さずに続けた。
「むりやり連れてくるのは、やっぱり間違っていると思う。タルヒさんに取り憑かれたタンポポは、とても悲しそうだった。ヤドリギさんだって、人間のツララさんとのまた出会えて、絆を再確認して嬉しそうだった! キノ・キランのみんなが人間といっしょにいることが間違っているなんて、あるはずない!」
わたしは声のかぎり、叫んだ。
宴会の楽しげな雰囲気なんか、知らない。
だって、こんなのひど過ぎる。
「――チカナさん。それこそ、あなたの思いこみではありませんの?」