眠れぬ夜は、優しすぎる刑事の腕の中で。
昼下がり、オフィス街の裏手にある静かなカフェ。

平日のランチタイムも過ぎ、店内は落ち着いた空気が流れていた。
パスタとサラダのランチセットを前に、瑠奈が身を乗り出してくる。

「それで、川野家の件。やっと落ち着いたって聞いたけど……」

「うん、美咲さんは送検されて、結咲ちゃんは児童養護施設へ。今後は直接的な支援は一旦ストップになるかな」

「……あの子、生まれた頃から花音がずっと見てきたもんね。私、辞める前も途中経過、少しだけ聞いたりしてたけど……きっと、相当つらかったでしょ?」

花音は、少し目を伏せる。

「つらかったよ。でも、最後、結咲ちゃんが“バイバイ”って泣きながら言ってくれて……あの一言で、少し救われた気がした」

瑠奈が、花音の手の甲にそっと手を添える。

「それ、ちゃんと届いてたってことだよ。花音がどれだけ向き合ってたか、あの子には伝わってたんだよ」

「ありがとう……でも、対応の終盤、あまりに暑くて、意識も朦朧としてて、立ってるのがやっとだった。アパートの石段で座り込んだら、早瀬さんがすぐに気づいてくれて……水とか冷やしたタオルとか、持ってきてくれて……」

「うわ、それ……ドラマの“介抱されながら恋に落ちる”パターンじゃん!」

「いやいや、介抱されてる時の私、汗と涙でめちゃくちゃだったんだよ。なのに、その状態を何時間も見られて……それが不服っていうか、なんか、悔しくて」

「はぁ〜なにそれ可愛い。『もっと可愛い私を見てから好きになってよ!』って感じ?」

「そう! ほんとにそれ!」

瑠奈は吹き出しそうになりながらも、目は優しく花音を見ていた。

「でもさ、そういう姿も見た上で、なおそばにいてくれるならさ、それってもう“ホンモノ”じゃない?」

「……そうなのかな」

「そうよ。恋愛ってさ、上っ面の『好き』は簡単だけど、ボロボロな相手を見ても好きでいられるかって、めちゃくちゃ大事だよ」

「……うん。最近は“早瀬さんみたいになりたいな”って思うことがある。人に優しいし、器が大きい。ちゃんと地に足ついてる」

瑠奈は大きく頷く。

「わかる。そういう人って、一緒にいるだけで安心できるよね。ちなみに私も、彼と順調。今、週末は半同棲状態かな」

「え、もうそこまでいってたの!? いつの間に!」

「むふふ、まぁね。年内には一緒に住むかも〜なんて話も出てるし?」

「順調すぎて笑う」

「そっちは急展開すぎて心配されるけど、私は順調すぎて心配されるパターンね」

二人でふふっと笑い合う。
その笑顔はどこか安心に満ちていた。

花音はグラスのアイスティーを見つめながら、ふと、口を開く。

「……前は、怖かったの。誰かと一緒にいるってことも、信じるってことも。でも、少しずつ変わってきた。人のあたたかさって、やっぱり大きいね」

「うん。自分が変わるきっかけって、いつだって“誰か”なんだよね。花音には、ちゃんとその“誰か”が現れたんだと思う」

花音はふっと笑って、視線を上げる。

「……ほんとに、そうかもね」
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