眠れぬ夜は、優しすぎる刑事の腕の中で。
午後の光が差し込む署内の休憩室。
窓の外では、まだ雨がしとしとと降り続いていた。
早瀬は、コンビニの唐揚げ弁当をレンジにかけ、チンという音とともに席に戻る。
新田はすでに味噌ラーメンのカップを啜りながら、無造作にスマホをいじっていた。
「……静かに眠ってたな、あの子」
新田が言った。
「はい。顔色もよかったです」
早瀬が頷く。
「少なくとも、今すぐどうこうという状態ではない。けど……」
「“けど”が残るな、あの母親」
新田はスープを啜る手を止めた。
「目が死んでた。ああいう親は、予測がつかん。追い詰められたときが怖い」
「……児相は、すぐには臨検に踏み切れないらしいです。証拠不十分なら、なおさら」
早瀬は弁当のふたを開けながら呟いた。
「まあ、わかっちゃいるけどな。こっちは“このままじゃマズい”って肌感でわかってても、あいつらは“データが足りない”って言う」
「正論だけど、歯がゆいよな」
早瀬は何も言わず、唐揚げをひとつ口に運んだ。
しょっぱさと、疲れが身体に染みる。
しばらく無言のまま食事を進めていたが、ふと新田が口を開いた。
「……あの女の子、なんて名前だったか」
「川野……結咲(ゆうさ)ちゃん、です」
「そうか。あの佐原って職員、どう思った?」
早瀬は箸を止めた。
「……まっすぐな人でした。言葉を選んでましたけど、こっちに“壁”を作ってるのが、わかりました」
「壁ね」
新田が鼻を鳴らす。
「そりゃそうだ。あいつら、こっちを“すぐ強制力に頼る連中”だと思ってる」
「でもな、俺たちからすりゃ“そっちは何もしない人たち”だよ。信頼関係が築けてねぇって意味じゃ、五分五分だ」
早瀬は、思い返すように目を伏せた。
「でも、あの人……あの場で、ああ言ったのは、勇気だったと思います」
「“親を罰するためじゃなく、子どもを守るためにいる”って」
新田はスープを飲み干し、ふうっと息をついた。
「……ああ言われりゃ、こっちも引くしかねぇよな」
「ただの理想主義者じゃないのかもな、あの佐原」
「……ええ」
「たぶん、信念の人なんだと思います」
「ま、感情だけで突っ走るような若造よりは、よっぽどマシだ」
そう言って、新田は立ち上がった。
「食ったら次はあの通報処理、片付けとけよ。夕方また別件ある」
「了解です」
早瀬は頷きながら、残った唐揚げをゆっくりと口に運んだ。
どこか頭の片隅に、雨に濡れたまま去っていく佐原花音の背中が、まだ焼きついていた。
静かで、でも忘れられない――そんな背中だった。
窓の外では、まだ雨がしとしとと降り続いていた。
早瀬は、コンビニの唐揚げ弁当をレンジにかけ、チンという音とともに席に戻る。
新田はすでに味噌ラーメンのカップを啜りながら、無造作にスマホをいじっていた。
「……静かに眠ってたな、あの子」
新田が言った。
「はい。顔色もよかったです」
早瀬が頷く。
「少なくとも、今すぐどうこうという状態ではない。けど……」
「“けど”が残るな、あの母親」
新田はスープを啜る手を止めた。
「目が死んでた。ああいう親は、予測がつかん。追い詰められたときが怖い」
「……児相は、すぐには臨検に踏み切れないらしいです。証拠不十分なら、なおさら」
早瀬は弁当のふたを開けながら呟いた。
「まあ、わかっちゃいるけどな。こっちは“このままじゃマズい”って肌感でわかってても、あいつらは“データが足りない”って言う」
「正論だけど、歯がゆいよな」
早瀬は何も言わず、唐揚げをひとつ口に運んだ。
しょっぱさと、疲れが身体に染みる。
しばらく無言のまま食事を進めていたが、ふと新田が口を開いた。
「……あの女の子、なんて名前だったか」
「川野……結咲(ゆうさ)ちゃん、です」
「そうか。あの佐原って職員、どう思った?」
早瀬は箸を止めた。
「……まっすぐな人でした。言葉を選んでましたけど、こっちに“壁”を作ってるのが、わかりました」
「壁ね」
新田が鼻を鳴らす。
「そりゃそうだ。あいつら、こっちを“すぐ強制力に頼る連中”だと思ってる」
「でもな、俺たちからすりゃ“そっちは何もしない人たち”だよ。信頼関係が築けてねぇって意味じゃ、五分五分だ」
早瀬は、思い返すように目を伏せた。
「でも、あの人……あの場で、ああ言ったのは、勇気だったと思います」
「“親を罰するためじゃなく、子どもを守るためにいる”って」
新田はスープを飲み干し、ふうっと息をついた。
「……ああ言われりゃ、こっちも引くしかねぇよな」
「ただの理想主義者じゃないのかもな、あの佐原」
「……ええ」
「たぶん、信念の人なんだと思います」
「ま、感情だけで突っ走るような若造よりは、よっぽどマシだ」
そう言って、新田は立ち上がった。
「食ったら次はあの通報処理、片付けとけよ。夕方また別件ある」
「了解です」
早瀬は頷きながら、残った唐揚げをゆっくりと口に運んだ。
どこか頭の片隅に、雨に濡れたまま去っていく佐原花音の背中が、まだ焼きついていた。
静かで、でも忘れられない――そんな背中だった。