眠れぬ夜は、優しすぎる刑事の腕の中で。

夜風の中のタルト・タタン

瑠奈と別れて店を出ると、夜風が頬に心地よい。
金曜日の夜の街は賑やかで、誰かの笑い声が風に混じって聞こえた。

「じゃあ、また連絡するね」

瑠奈が軽く手を振って駅へと向かっていくのを見送ったあと、花音は肩の力を抜くようにふぅと息をついた。

そのとき、ポケットの中でスマホが震える。
バイブレーションの音と共に表示された名前は——早瀬匠。

「もしもし、たくみ?」

『あ、花音? 今ちょうど仕事終わったところなんだけどさ……家、行ってもいい?』

「えっ、今から?」

『ご飯はもう署で食べちゃったんだけどね。なんかさ、署の近くにタルト・タタンが有名な店できたらしいんだよ。甘いもの食べたいなって思って。……一緒に食べない?』

声のトーンはいつもの穏やかなものだけど、その奥に少しだけ「気遣い」が滲んでいた。

——今日が、少し重い一日だったって、もしかして伝わってる?

「……たくみ、ありがと。今、友達と夕飯食べて、ちょうど警察署の近く歩いてたとこ」

『あ、マジ? じゃあ一緒に帰ろうよ』

「うん、じゃあ署の前で待ってて。今から向かう」

『了解。タルト・タタン買って待ってるわ』

通話が切れたあと、花音はスマホを見つめながらふっと微笑む。

「少しの時間でも、会おうとしてくれるんだね……」

疲れたはずの一日だったのに、足取りは軽かった。
明日がまた重くても、今夜は——少し甘くて、やさしい帰り道になる気がした。
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