眠れぬ夜は、優しすぎる刑事の腕の中で。
9月末の夜、警察署前。
夏の名残が去り、どこか乾いた風に秋の気配が混じる。
手に下げた紙袋の中から、ほんのりとリンゴとキャラメルの香りが漂う。
——タルト・タタン。今夜のささやかな手土産だ。

「……そろそろかな」

早瀬が時計をちらと見たそのとき、向こうから歩いてくる人影が目に入る。
柔らかく揺れるブラウスの裾、少し風に吹かれて髪を耳にかける仕草——花音だった。

ちょうどそのタイミングで、署の玄関から声が聞こえた。

「でさ、あの時俺が——」

岡田と新田が談笑しながら出てくる。
早瀬に気づいた新田が目を丸くして手を挙げる。

「お、お疲れー! ん? それ何? タルト・タタンじゃん、差し入れか?」

「おっ、最近できた店ですよね!」
岡田が目ざとく紙袋に反応する。

「僕、あそこのまだ食べてなくて……って、あれ? それ、もしかして……」

「……お二人のじゃないんで」
早瀬がやや苦笑まじりに答えたその横から、タイミングよく花音が姿を現す。

「こんばんは」

ひょこっと顔を出した花音に、二人の表情が一気に緩む。

「やっぱり癒しだ〜〜!」
岡田が若干照れながら手を振ると、「もう、帰るっ!」と足早に去っていく。

新田はちらりと二人の間を見ると、にやりと笑ってひと言だけ。

「お幸せにな、猫友さん」

そして駐車場の方へと消えていった。

取り残された早瀬は、花音に紙袋を差し出しながら苦笑い。

「……すまん、ああいうの慣れてなくて」

「ううん、なんか……あったかかったよ」

花音がそう言って笑うと、夜風がそっと頬を撫でた。

早瀬は、黙って歩き出す花音の横に並びながら思う。
——この時間を作ってよかった、と。
ほんの短い時間でも、彼女の心が少しでもやわらぐなら。
< 174 / 247 >

この作品をシェア

pagetop