眠れぬ夜は、優しすぎる刑事の腕の中で。
ドアが閉まる音がして、次の瞬間。
「……たくみ」
靴を脱ぐなり、花音が勢いよく胸に飛び込んできた。

ふわっとした柔らかい香りと、彼女の体温。
匠はその小さな体を片手で優しく抱きとめながら、もう片方の手でタルトタタンの入った紙袋をダイニングテーブルにそっと置く。

「どうした、花音」

返事はない。
ただぎゅっと抱きしめたまま、上目遣いでじっと匠の目を見つめてくる。

まるで何かを訴えるように。
言葉ではなく、気持ちをそのまま届けるように。

匠はゆっくりと彼女の額に唇を落とした。
それだけで、花音の表情がふわっとほころぶ。

「テレパシー、伝わった」

そう言ってにこにこと笑いながら、花音は台所へ向かっていった。
手を洗いながら、向こうで機嫌よく鼻歌まじりに言う。

「タルトタタン、タルトタタン〜ありがとうたくみ!だいすき!」

……その言葉に、匠の胸の内がぐらぐらと揺れる。
さらっとそういうことを言うのが、彼女の恐ろしいところだ。

「……はいはい、そうですか」
軽く頭をかきながら、笑って小さくため息をついた。

花音が戻ってくると、匠はタルトタタンを丁寧に皿に取り分けて、フォークを添える。
ふたりで並んで腰かけると、花音がじっとタルトを見つめて目を輝かせた。

「わ〜……きれい。りんご、ぎゅうって詰まってる」

「ほら、冷めないうちに」

「うん!」

フォークを入れると、カラメルがとろりとこぼれ、甘酸っぱい香りがふわっと広がる。
ひとくち食べた花音が、目を見開いて小さく頷いた。

「……これ、すっごく美味しい。ちゃんと酸っぱくて、でも甘くて」

「最近できた店らしい。職場のやつに聞いた」

「選んでくれてありがと。ほんと、疲れ吹き飛ぶ〜」

花音が頬をゆるめて笑う。
その笑顔を見ているだけで、匠は満たされたような気持ちになる。

ふたりだけの静かな夜。
時計の針が少しだけゆっくり動いているような、そんな時間だった。
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