眠れぬ夜は、優しすぎる刑事の腕の中で。
ランチタイムを少し過ぎた時間。
テラス席には春の名残を引きずるようなやわらかな風が吹き抜け、テーブルの上のカトラリーを少し鳴らした。
「はー、やっと週末って感じ。ここ、来たかったんだよね」
先に席についていた中島瑠奈(なかしまるな)が、アイスラテをストローでくるくる回しながら、微笑んだ。
花音はと言えば、注文したプレートランチにほとんど手をつけず、スープを何度もかき混ぜている。
「……ほんと、ぐったりだよ。なんかこの一週間、感情のアップダウンがえぐすぎて」
「また夜間通報?警察対応とか?」
花音は、はああと大きく息を吐いた。
「うん。深夜の泣き声通報。結局、警察と一緒に訪問して、児童とは面会できたけど……。警察官の目が、もう、冷たいっていうか。『また何もできずに帰ってくのか』って、無言の圧」
「うわ、それはしんどい」
瑠奈は眉を寄せながら、真剣にうなずいた。
「本当は私だって、守れるなら守りたいよ。臨検だってしたい。でも、証拠がなきゃ動けない。法律ってほんと、現場の肌感とズレてるんだよね……」
「それ、私もずっと感じてた。私たちの“感じたこと”には、誰も点数つけてくれないっていうか」
「うん」
花音の顔が、少しだけゆるむ。
「……でも、まだ続けてるの、正直尊敬だよ。私、入所一年でいっぱいいっぱいだったもん」
「瑠奈は今、メンタルクリニックだっけ」
「そう。メンタルクリニック。院長も理解あるし、週休二日で定時あがり。めっちゃ白いよ、ウチ」
「いいなぁ」
花音がつぶやくと、瑠奈がニヤリと笑った。
「ちなみに、その白さのおかげで、最近彼氏できました」
「え、マジで?」
「マジ。社会福祉士の人。利用者支援の連携で知り合ったんだけど、穏やかでね〜、すごく大人」
「ふふ、よかったね」
「で、花音は?最近どうなの?学生の頃はモテまくってたじゃん。学内一、二を争う美貌の持ち主って言われてたんだから」
「ちょ、何それ。そんなの瑠奈が勝手に思ってただけでしょ」
「いやいやいや。私がいた学年だけじゃないよ?他学年の男子も“佐原さんってあの美人?”って普通に言ってたし」
花音はスプーンを置いて、苦笑しながら頬をかいた。
「でも、今は……ね。もうそんな顔してないでしょ。疲れた顔してるって、自分でも思うもん」
「うん、確かにちょっと疲れた顔してる」
「ひどっ」
「だってさあ、その可愛らしいお顔がもったいないって意味よ。惜しいなーって思って」
花音は肩をすくめるように笑いながら、ようやくランチに手を伸ばした。
「……カタギになるつもり、ないの?」
その一言に、花音のフォークが少しだけ止まった。
「……今は、まだ。あの子たちの顔が、ふと浮かぶんだよね。何かあるたびに。助けられなかった子とか、名前も聞けなかった子とか」
「わかる。でも、花音が壊れたら意味ないよ。ほら、こうやってさ。たまには休んで、吐き出して、笑って。そうじゃないと、持たないよ?」
花音は目を細めて、静かにうなずいた。
「うん。ありがとう、瑠奈。ほんと、救われる」
「じゃあ、次は彼氏できた報告、待ってるね?」
「いやー、まずは疲れ顔を直してからかな……」
二人の笑い声が、通り過ぎる風に乗って、午後のカフェにほどよく溶けていった。
テラス席には春の名残を引きずるようなやわらかな風が吹き抜け、テーブルの上のカトラリーを少し鳴らした。
「はー、やっと週末って感じ。ここ、来たかったんだよね」
先に席についていた中島瑠奈(なかしまるな)が、アイスラテをストローでくるくる回しながら、微笑んだ。
花音はと言えば、注文したプレートランチにほとんど手をつけず、スープを何度もかき混ぜている。
「……ほんと、ぐったりだよ。なんかこの一週間、感情のアップダウンがえぐすぎて」
「また夜間通報?警察対応とか?」
花音は、はああと大きく息を吐いた。
「うん。深夜の泣き声通報。結局、警察と一緒に訪問して、児童とは面会できたけど……。警察官の目が、もう、冷たいっていうか。『また何もできずに帰ってくのか』って、無言の圧」
「うわ、それはしんどい」
瑠奈は眉を寄せながら、真剣にうなずいた。
「本当は私だって、守れるなら守りたいよ。臨検だってしたい。でも、証拠がなきゃ動けない。法律ってほんと、現場の肌感とズレてるんだよね……」
「それ、私もずっと感じてた。私たちの“感じたこと”には、誰も点数つけてくれないっていうか」
「うん」
花音の顔が、少しだけゆるむ。
「……でも、まだ続けてるの、正直尊敬だよ。私、入所一年でいっぱいいっぱいだったもん」
「瑠奈は今、メンタルクリニックだっけ」
「そう。メンタルクリニック。院長も理解あるし、週休二日で定時あがり。めっちゃ白いよ、ウチ」
「いいなぁ」
花音がつぶやくと、瑠奈がニヤリと笑った。
「ちなみに、その白さのおかげで、最近彼氏できました」
「え、マジで?」
「マジ。社会福祉士の人。利用者支援の連携で知り合ったんだけど、穏やかでね〜、すごく大人」
「ふふ、よかったね」
「で、花音は?最近どうなの?学生の頃はモテまくってたじゃん。学内一、二を争う美貌の持ち主って言われてたんだから」
「ちょ、何それ。そんなの瑠奈が勝手に思ってただけでしょ」
「いやいやいや。私がいた学年だけじゃないよ?他学年の男子も“佐原さんってあの美人?”って普通に言ってたし」
花音はスプーンを置いて、苦笑しながら頬をかいた。
「でも、今は……ね。もうそんな顔してないでしょ。疲れた顔してるって、自分でも思うもん」
「うん、確かにちょっと疲れた顔してる」
「ひどっ」
「だってさあ、その可愛らしいお顔がもったいないって意味よ。惜しいなーって思って」
花音は肩をすくめるように笑いながら、ようやくランチに手を伸ばした。
「……カタギになるつもり、ないの?」
その一言に、花音のフォークが少しだけ止まった。
「……今は、まだ。あの子たちの顔が、ふと浮かぶんだよね。何かあるたびに。助けられなかった子とか、名前も聞けなかった子とか」
「わかる。でも、花音が壊れたら意味ないよ。ほら、こうやってさ。たまには休んで、吐き出して、笑って。そうじゃないと、持たないよ?」
花音は目を細めて、静かにうなずいた。
「うん。ありがとう、瑠奈。ほんと、救われる」
「じゃあ、次は彼氏できた報告、待ってるね?」
「いやー、まずは疲れ顔を直してからかな……」
二人の笑い声が、通り過ぎる風に乗って、午後のカフェにほどよく溶けていった。