眠れぬ夜は、優しすぎる刑事の腕の中で。

甘えるという勇気

まだ病室は薄暗い。

カーテンの隙間からわずかに射し込む朝の光の気配を感じながら、花音はゆっくりと目を開けた。
昨夜より幾分、呼吸が楽になっている。
酸素マスクは既に外されており、自分の体が“自分のもの”として戻ってきている感覚があった。

深く息を吸い込む。
少しだけ咳き込むが、それでも昨日とは比べものにならない。
ようやく落ち着いた――そんな感覚に包まれて、枕元のスマートフォンに手を伸ばす。

時間は朝の5時ちょうどを指していた。

ロックを解除すると、深夜のうちに着信とメッセージが入っているのに気づく。
送り主は、早瀬匠。

「朝迎えに行くから。
仕事休んだから、ゆっくり休もう。」

その短い一文を見ただけで、胸の奥がじんと熱くなる。
気づけば、目の端が潤んでいた。

「……今日の私は、泣き虫だな……」

声に出すと、ちょっとだけ笑えてきた。

再びスマホを握ったまま、まどろみの波が戻ってくる。
次に目が覚めたときには、すでに病室の外が少し賑やかになっていた。
カーテン越しに聞こえる声と足音。どうやら、他の患者たちも起き始めているらしい。

やがて、カーテンがさっと開かれた。

「おはようございます、佐原さん。モニター外しますね」

看護師がにこやかに声をかけてくる。
手際よくパルスオキシメーターを外し、体温と血圧を測っていく。

「体温、36.8度。血圧も安定してますね」

メモを取ると同時に、「先生呼びますね」と看護師はカーテンの向こうへと消えた。

それから数分後、白衣姿の医師がやってきた。

「おはようございます、佐原さん。だいぶ呼吸、楽になったようですね」

花音が小さく頷くと、医師は脈拍と呼吸音を確認しながら続けた。

「昨日の搬送時は、中等度の一酸化炭素中毒と診断されました。幸い、到着後すぐに酸素投与を始められたこと、そして一酸化炭素の血中濃度も数値としては早期に下がったため、現時点で重篤な後遺症の兆候は見られません」

「念のため、神経系や視力、聴覚のチェックも行いましたが、全て問題なしです」

「……というわけで、本日中の退院で差し支えないと判断しました」

花音が安心したように息を吐くと、医師は微笑みを浮かべて言った。

「ただし、頭痛や倦怠感はしばらく残る可能性があります。無理せず、数日は安静に。精神的な影響もありますから、必要であればメンタルケアも含めて、主治医にご相談ください」

花音は静かに「はい」と頷いた。

「では、後ほど退院手続きについてご案内しますね」

医師が去っていったあと、花音はベッドの上で小さく背伸びをした。
まだ体は本調子とは言えないけれど――それでも、「大丈夫」という実感が、少しずつ戻ってくるのを感じていた。
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