眠れぬ夜は、優しすぎる刑事の腕の中で。
帰宅すると、玄関で靴を脱ぐ間もなく、花音は匠に導かれるようにリビングのソファへと座らされた。

「はい、動かない。ここ、定位置ね」

そう言って、匠はどこから出したのか毛布をひょいっと広げ、花音の体を包み込むようにしてかける。
しかも膝の上には、小ぶりなイルカのぬいぐるみまでぽんと置かれた。

「……なにこれ」

「癒し担当」

「……」

花音が呆れる間もなく、匠はさっさと部屋の奥へと消えていき、洗濯機の回る音が響いたかと思えば、すぐに今度は掃除機を引っ張り出してきて、テキパキと部屋を掃除し始めた。

その様子は、まるで世話好きのお母さん。

「……ねえ、匠。そんなことしなくていいのに。私、体は動くよ?」

花音が遠慮がちに言うと、掃除機のスイッチを切った匠が、ぴしりと指を立てて振り返った。

「だーめっ。じっとしてて。医者に言われたでしょ、“安静に”って」

「安静って、そんな厳重なことじゃないと思うんだけど……」

花音が困ったように笑いながら返すと、匠は真剣な表情で首を横に振り、ゆっくりと花音に近づいてきた。

そして、そのまま毛布ごと彼女をぎゅっと包むように抱きしめる。

「……花音、俺の言うこと聞いて。ほんとに」

その声は、あまりにも切実で、ひたむきで――
花音は思わず、ふっと肩の力を抜いて、優しく笑った。

「……うん、わかったよ。じゃあ、お願いね」

匠の腕の中でそう囁くと、イルカのぬいぐるみがちょこんと揺れた。
平穏な時間が、ようやくふたりのもとへ戻りつつあった。
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