眠れぬ夜は、優しすぎる刑事の腕の中で。
「シャワー、浴びたいな」

そう呟くと、匠はすぐに「わかった、風呂掃除してくる」と言って洗面所に向かった。
相変わらずのフットワークの軽さだ。

その背中を見送りながら、ふとソファに置いていたスマホに手を伸ばす。
ちょうどその瞬間、微かな振動音が手のひらに伝わってきた。

画面を見ると、「中島瑠奈」の名前。
香澄の担当心理士だった彼女が、この件を知らないはずがない。

花音は深呼吸して、できるだけ穏やかな声色を作って通話ボタンを押した。

「……もしもし、瑠奈?」

「花音? ……いろいろ聞いたよ。大丈夫? メンタルも、体も」

その声は、普段と変わらぬ明るさの中に、明確な「心配」が滲んでいた。

「私にできることがあったら、なんでも言って。すぐにでもケアに行くから」

花音は、思わず微笑みながら応えた。

「うん、ありがとう。瑠奈がいてくれると心強いよ。とりあえず、匠が……びっくりするぐらい過保護に手を焼いてくれてるから、大丈夫そう」

「彼、全て知ってるから。……香澄さんのことも、私のことも」

その言葉に、電話越しの瑠奈がホッと息を吐く気配が伝わってきた。

「よかった……ほんとによかった。でもさ、共倒れにはならないようにね。花音のことだから、きっと周りを気にしすぎちゃうと思うけど。無理は禁物だから」

「……うん、ありがとう。気をつける」

そう言いながら花音は、リビングに響く風呂掃除の水音を耳にし、微かに笑みを浮かべた。
今日の私は、少しだけ、誰かに甘えてもいい――そんな気がした。
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