眠れぬ夜は、優しすぎる刑事の腕の中で。
玄関を開けた瞬間、呼び鈴より先に父の声が飛んできた。
「おい匠! 長靴履いて庭集合!」
「……ただいまくらい言わせろよ」
早瀬は靴を脱ぐ間もなく、階段下の物置から長靴を引っ張り出し、庭へ出た。
父親のお気に入り、家庭菜園スペース。
かつては猫の額ほどだったその畑は、見るたびに広がっているような気がする。
そして今日は、明らかに“広がっていた”。
「……また広くなってない?」
「おお、わかったか! 向かいの中山さんがな、もう歳だからやめるって言ってきてよ。“よかったら草ぼうぼうだから、作ってくれ”ってな。いやぁ、ありがたい話だよ。だがな……」
そう言って父は、腰をさすった。
「もう、耕すのと苗準備で腰がダメになってな。そんな時のための匠だろ? 日々の訓練で培った筋肉、こういう時にこそ使わにゃ!」
「俺の筋肉は畑のためじゃないんだけどな……」
文句を垂れながらも、結局手伝うのが早瀬匠という男だった。
台車に積まれた土の入った袋、生石灰の袋、完熟堆肥。
それらをひとつずつ抱えて、所定の場所に運んでいく。
「じゃあ、ここに堆肥混ぜてくれ。土のpHバランス考えて、生石灰は三日寝かせたあとな」
「……俺、刑事なんだけど」
「知ってるよ。俺の誇りだ。だが今は、畑の助っ人だ」
つるはしより重たい鍬を持ち直しながら、早瀬は土を広げ、堆肥を混ぜていく。
額に汗が滲み、背中に草の匂いが染み込んでいく。
「正直、訓練より激務なんだが……」
「ほう、訓練ってのはそんなに甘いのかい?」
「違う、畑が異常にハードなんだよ……」
父が「はっはっは」と笑う声が、裏の路地まで響く。
**
シャベルを動かす手は重いが、不思議と心は軽い。
ここには死の匂いも、通報の音も、冷ややかな目もない。
ただ、土と、野菜の芽と、無邪気な親父がいるだけだ。
少しだけ、呼吸が楽になる。
「おい匠! 長靴履いて庭集合!」
「……ただいまくらい言わせろよ」
早瀬は靴を脱ぐ間もなく、階段下の物置から長靴を引っ張り出し、庭へ出た。
父親のお気に入り、家庭菜園スペース。
かつては猫の額ほどだったその畑は、見るたびに広がっているような気がする。
そして今日は、明らかに“広がっていた”。
「……また広くなってない?」
「おお、わかったか! 向かいの中山さんがな、もう歳だからやめるって言ってきてよ。“よかったら草ぼうぼうだから、作ってくれ”ってな。いやぁ、ありがたい話だよ。だがな……」
そう言って父は、腰をさすった。
「もう、耕すのと苗準備で腰がダメになってな。そんな時のための匠だろ? 日々の訓練で培った筋肉、こういう時にこそ使わにゃ!」
「俺の筋肉は畑のためじゃないんだけどな……」
文句を垂れながらも、結局手伝うのが早瀬匠という男だった。
台車に積まれた土の入った袋、生石灰の袋、完熟堆肥。
それらをひとつずつ抱えて、所定の場所に運んでいく。
「じゃあ、ここに堆肥混ぜてくれ。土のpHバランス考えて、生石灰は三日寝かせたあとな」
「……俺、刑事なんだけど」
「知ってるよ。俺の誇りだ。だが今は、畑の助っ人だ」
つるはしより重たい鍬を持ち直しながら、早瀬は土を広げ、堆肥を混ぜていく。
額に汗が滲み、背中に草の匂いが染み込んでいく。
「正直、訓練より激務なんだが……」
「ほう、訓練ってのはそんなに甘いのかい?」
「違う、畑が異常にハードなんだよ……」
父が「はっはっは」と笑う声が、裏の路地まで響く。
**
シャベルを動かす手は重いが、不思議と心は軽い。
ここには死の匂いも、通報の音も、冷ややかな目もない。
ただ、土と、野菜の芽と、無邪気な親父がいるだけだ。
少しだけ、呼吸が楽になる。