眠れぬ夜は、優しすぎる刑事の腕の中で。

逃した温度に、手を伸ばす

お昼ご飯は、あるもので簡単に済ませた。
味噌汁に卵を落として、冷蔵庫の残りものと一緒に。

気取らない食卓でも、ふたりで並んで箸を動かす時間は、どこか満ち足りていた。

食べ終えると、匠は「ちょっとシャワー浴びてくる」と言って洗面所へ向かい、しばらくして髪を濡らしたまま戻ってきた。

Tシャツにラフな部屋着姿。
湿った髪から滴る水が、首元を濡らしている。

ソファに座った彼は、背もたれに身を預けて目を閉じた。
ほんの少しだけ、気を抜いた表情。

そこには、当直明けの疲れも混じっている。

花音は少し離れたところに座って、彼を横目で見ながら問いかけた。

「……ねえ、なんで……やめちゃったの?」

匠は片目だけ開いて、口の端をわずかに上げる。

「だって、まだ昼だし。——そういうの気にしないタイプだった? 花音ちゃんは意外と大胆だね」

その口調は軽くて、からかうようで、どこか意地悪だった。

花音は思わず頬をぷくりと膨らませた。

「……大胆なのはそっちでしょ」

匠は完全に目を開けて、いたずらっぽく笑った。

「可愛いな、そういう顔するの」

そして、その笑顔のまま、伸ばした腕で花音を自分のほうへ引き寄せた。

ソファの隙間がなくなるほど近く、彼の体温と香りが肌に触れる。

「花音」

「……なに」

「さっきの、続き。したいの?」

花音は一瞬、視線を泳がせた。
けれど、頬をほんのり赤く染めながら、目を逸らさずに答えた。

「……うん。ねえ、続き……して?」

その声は掠れていて、けれど、はっきりしていた。

匠の目が一瞬だけ、静かに揺れる。
指先でそっと花音の頬を撫で、唇の端を指でなぞるようにしながら、低く呟いた。

「……そんなふうに誘っておいて、無事でいられると思ってんの?」

花音は何も答えられなかった。ただ、胸が熱くなって、息が止まりそうになる。

匠はそのまま、彼女の顎を指先で引き上げ、やさしく唇を重ねた。
さっきよりも、もっと丁寧に、もっと深く。

ひとつ、またひとつ。
息の合間に重ねるように、言葉のかわりに、確かめるように。

——それは、やさしい嵐だった。

やがて、ふたりはソファに沈みながら、互いの呼吸と鼓動に耳を澄ませていた。
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