眠れぬ夜は、優しすぎる刑事の腕の中で。
玄関のドアが閉まる音とほぼ同時に、匠がこちらを振り返る。
何かを言う間もなく、次の瞬間には背中が壁に押しつけられていた。

「……たくみ、」

そう口にしかけた瞬間、顎をそっと持ち上げられる。わずかに開いていた唇に、彼の唇がふれる。

吸い寄せられるような、でも優しさよりもずっと深く、熱のこもった口づけ。

震える——のではなく、溶けそうだった。
全身が。

身体を支えきれずにぐらりと傾いたところを、匠の腕がしっかりと引き寄せてくる。

「ちゃんと立って、花音」

低く、くぐもった声。

焦がれるような息遣いのすぐあとに、また口づけが落ちてくる。

今度は一瞬も間をあけず、繰り返すように、むさぼるように。

花音は、手探りで匠の背に腕を回し、しがみつくように抱きついた。
もう、考えることなんてできなかった。
ただ、匠の温度と、匠の息と、匠の全てに包まれていた。

だけど、ふと。キスの強さがすこしずつ変わったのがわかった。

角度を変えて触れてきた唇が、今度は静かに、名残惜しそうにふれる。
そして、ゆっくりと離れていく。

「……ごめん」

目の前の匠が言う。
息は荒く、けれど目は澄んでいた。

「止まらなくなる前に……やめとく」

花音は、まだ熱の残る唇に指をあてながら、匠を見上げた。

「……ずるいよ、匠」

そう言うと、彼はふっと微笑んで、花音の髪をひと撫でしてから、額にやさしく口づけた。

「君を大事にしたいんだよ。ちゃんと、ね」

——それでも、花音の鼓動は、しばらくのあいだ落ち着かなかった。
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