眠れぬ夜は、優しすぎる刑事の腕の中で。
「早瀬さん、新田さん――交番から報告です」

内線ではなく、直接やってきたのは地域課の若手警察官だった。
まだ制服の胸元に夜間の湿気が残っている。

新田が書類から目を上げる。

「なんだ?」

「昨夜、23時45分頃、桃栄一丁目の川野宅について、隣人からの通報がありました。“また泣いている声がして眠れない”という内容です。児相にも同時に通告済みとのことでした」

「“また”……ね」

新田がぼそりと呟く。
すでに現場で問題視されていた案件だ。

「それで、現場には?」

「はい。小宮交番の渡辺巡査が臨場しています。ですが――現着時には泣き声は確認されず、玄関前で声かけを行いましたが、応答なし。インターホンにも反応はなく、室内の照明も消えていたとのことです」

「児相は?」

「通告はしたそうですが……現場には誰も来ていません。交番側では、児相対応待機中のステータスで今も記録されています」

「つまり、現場は“行ったけど、反応なし”。児相は“来なかった”。で、また住民は不安、ってやつか」

新田はデスクに肘をつきながら、鼻を鳴らすように息を吐いた。

早瀬は黙っていた。
一度面会はした。
だが、美咲は子どもを会わせたくない素振りを明確に示し、会話も成立しなかった。

児相は、信頼関係を重視すると言っていた――その姿勢はわかる。
だが、今のように誰も出てこない夜の家に、子どもが本当にいるのか、無事なのか。

それを確かめられないまま、何度も“様子を見る”ことしかできないのが現実だ。

「早瀬。これ、お前も気にしてたよな?」

「はい。……正直なところ、もう“何か起きてから”じゃ遅いです」

「だよな」

新田は書類を閉じ、背もたれに深くもたれた。

「署として動くには、児相の要請か、現行で何か確認できた場合。泣き声が聞こえてない今は、これ以上の踏み込みが難しい……が、見張りは継続で」

「了解です。パトロール経路に組み込みます。……児相に、今日の動き、確認しておきますか?」

「そうしてくれ。もう一度この件で何も動きがないようなら、こっちからも意見出させてもらう」

「はい」

早瀬は席を立ち、児相への内線番号を確認した。
また、佐原の名前が頭に浮かぶ。

――あの夜、傘もささずに歩いていった背中が、ふとよみがえった。

今度はどう動くつもりだろう。
それとも、今度もまた、来ないのか。

通報だけが積み重なっていく。
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