眠れぬ夜は、優しすぎる刑事の腕の中で。
リビングで母親と向き合って会話をしていたとき、不意にチャイムの音が鳴った。

「ピンポーン」

軽やかな電子音とは裏腹に、その瞬間――川野美咲の顔がさっと強張った。

花音は、その変化を見逃さなかった。
眉間がきゅっと寄り、目が一瞬、何かを隠すように泳ぐ。

「お客さんでしょうか?」

そう問いかけると、美咲は小さくかぶりを振った。

「ううん、たぶん……宅配かも」

口調は平静を装っていたが、言葉の後半はどこか曖昧で、声も少し震えていた。

宅配で、顔がこわばるだろうか?

疑念が胸をよぎる中、美咲は立ち上がり、玄関に向かって歩き出した。

花音はその後ろ姿を目だけで追った。
すぐに追いかけはせず、その隙に、そっと結咲ちゃんに目を向ける。

ユニコーンのぬいぐるみを抱きながら、小さな口元が少しだけ緩んでいた。
夢を見ているのか、まるで誰かとおしゃべりしているかのような、優しい微笑み。
健やかに眠る様子に、少しだけ肩の力が抜ける――その瞬間だった。

「帰ってよ! 何しに来たの、意味わかんない!」

玄関から、美咲の怒鳴り声が響いた。

続けて、男の声が返る。
「なんでさ、いいでしょ〜今日だけさ〜」

笑っているようだが、どこか呂律が回っていない。
酒の匂いすら、声から漂ってきそうな不穏さがある。

花音の手が、反射的にスマートフォンへと伸びた。
一度親指をホームボタンに添えてスリープを解除すると、緊急通報と連絡先のどちらにもすぐアクセスできるよう準備しながら、静かに立ち上がる。

――これは、ただの“面会”じゃ済まないかもしれない。

部屋の空気が、たった数秒で静電気のような緊張に包まれていた。
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