眠れぬ夜は、優しすぎる刑事の腕の中で。
「はい、こちらです。児童と職員、ひとまず無事です」

玄関前で、新田の低く落ち着いた声が響いた。
制服警官が数名、男を確保しパトカーへ連行するのを、花音はソファに座りながら見届けていた。

呼吸は浅く、額には冷や汗が浮かんでいる。

右足は腫れ上がり、ズキズキとした鈍い痛みが続いていた。

だが、それ以上に気がかりなのは――結咲ちゃん。

花音の隣に座る小さな体は、泣きすぎてしゃくりあげている。
片手には、まだユニコーンのぬいぐるみをしっかりと握っている。

母親の美咲は、取り調べのため警察官に連れられていったが、最後まで混乱と呆然が入り混じった顔だった。

「……大丈夫よ、結咲ちゃん。もう大丈夫」

震える声で、花音はそう語りかける。
けれど、本当に“大丈夫”にするのは、ここからだ。

視線を落とし、スマートフォンを取り出す。
ホーム画面のまま少し躊躇う指先を、思い切って朝岡の番号へと動かした。

数コールで、受話器の向こうから落ち着いた女性の声。

「もしもし、朝岡です」

「朝岡さん……すみません、緊急保護での対応が必要です。川野結咲ちゃん。現場は安全確保済みですが、私……右足をやってしまって。移動支援が必要で……」

声にかすかに震えが混じった。

「今、警察による介入が完了しました。母親は保護されて、加害男性も連行されました。……でも、結咲ちゃんが、母親の激しい混乱と暴力を目の前で見てしまいました」

言葉を一つひとつ噛みしめながら、花音は言った。

「緊急保護をお願いします。今すぐ、もう一人、三宅さんを現場に出動させてください。私は……移動できそうにありません」

一拍の間ののち、朝岡の声がやわらかくも毅然として返ってきた。

「わかった。今すぐ三宅を向かわせるわ。……無事でよかった」

その言葉に、胸がふっと熱くなった。
でも、安堵に浸っている時間はない。

通話を切ると、花音は隣でぐずる結咲ちゃんの頭を優しく撫でた。

「すぐに、もう一人お姉さんが来てくれるからね。怖くないよ、大丈夫。別のところでしばらくゆっくりしようね」

幼い子どもは、もう言葉を返せる状態ではない。
ただしがみついてくる。

自分が今、守ると決めた存在が、自分の腕の中にいる。

それだけが、花音を今、冷静に立たせていた。

足の痛みを押さえながら、彼女は静かに、結咲ちゃんをそっと抱きしめ直した。
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