眠れぬ夜は、優しすぎる刑事の腕の中で。
早瀬は、少しだけ体を傾けるようにして、花音の隣のベンチに腰を下ろした。
無言の時間が数秒流れたあと、彼は真っすぐに花音を見つめて口を開いた。

「川野家に関する通報は、今後すべて佐原さんに共有するよう、署内に周知をかけておきます。」

その声に一切の飾り気はなかった。ただ真剣で、確かだった。

「危険を感じる現場では、無理せず、必ず警察と連携を取ってください。」

その一言一言が、花音の胸の奥に真っ直ぐ刺さった。

自分の判断の甘さ、反省すべきことは山ほどある。
けれどそれを責めるでもなく、ただ「次はきちんと守る」と伝えるようなこの人の言葉は、どこまでも静かで、あたたかかった。

(……敵でも味方でもない。ただの“別組織”と思っていたのに)

今、間違いなく思う。
この人たちは、味方だ。

子どもを守るだけじゃない。
私たち支援者の背中も、守ろうとしてくれている。
そんな意思が、確かにそこにあった。

花音は、胸の奥からじんわりと湧き出てくる感情を抑えながら、視線をまっすぐに返した。

「ありがとうございます。こちらからも密に連携が取れるよう、職員とリスクアセスメントの徹底をします。……本当に、ご迷惑をおかけしました。」

そう言って、彼女は車椅子に座ったまま、深く頭を下げた。

早瀬は、そんな花音を見つめたまま、ふっと微笑んだ。

「ご迷惑じゃないですよ。……当たり前のことですから。」

それだけ言うと、彼は立ち上がり、待っていた新田の方へと歩いていく。

花音は、その背中を見つめ続けた。
どこまでも淡々とした後ろ姿なのに、不思議と、心の中があたたかくなる。

その温度に気づいた瞬間、目の奥がじんわりと熱を持った。

こんな時なのに――涙が出そう。

ほんのわずかに、瞳を潤ませながら、花音は静かにまばたきをひとつ落とした。
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