眠れぬ夜は、優しすぎる刑事の腕の中で。
花音は、診察の結果を聞いて、心の底から安堵した。
骨折もヒビもない――診断は「足関節の強い捻挫」。内出血も見られたが、手術などは必要なく、あとは安静と時間が治してくれる。

病院で処方された鎮痛剤をその場で打ってもらい、少しずつ痛みが和らいでいくのを感じながら、花音はやや遅い時間の児相へと戻った。

薄暗い廊下を歩いていると、当直室から朝岡が顔を出す。

「おかえりなさい。大丈夫だった?」

「はい……ご心配をおかけしました。」

花音は軽く頭を下げ、少し足を引きずるようにして朝岡のデスクへと歩み寄る。

「結咲ちゃんは三宅さんと一緒に一時保護所に向かいました。移送中も泣いてたけど、三宅さんがずっと抱っこしてくれてました。」

朝岡の言葉に、小さくうなずきながら、花音も自分の報告に入る。

「先ほど病院で、骨折やヒビはなしとのことでした。ただ、念のためしばらく安静が必要で……あと、公用車なんですが……」

「ああ、それね。警察署にあるって新田さんから電話ありましたよ。」

「すみません……私が動けなかったので……」

「いいの。あの状況であそこまで対応してくれて、本当にありがとう。結咲ちゃん、あなたがいたから守れた。」

その言葉に、花音はわずかに目を伏せた。

「……もっと早く気づけていたら、1人で現場に行かなければすんだのにと思うと……自分の詰めの甘さに悔しさが残ります。」

「その悔しさを、次に活かせばいいの。完璧な対応なんて、誰にもできない。今日のことは全員で共有するから、あなたが1人で抱えることじゃない。」

朝岡の言葉は、決して慰めではなかった。
職務として、信念として、花音がやったことは確かに正しく――それでも、誰かの手を借りていいのだという許しのような響きがあった。

花音は深く息を吸い、静かに吐いた。

「……ありがとうございます。では、記録作成に入ります。」

夜の児童相談所に、キーボードを打つ音が静かに響き始めた。
足は痛む。けれど、彼女の意志は、少しも揺らいでいなかった。
< 44 / 247 >

この作品をシェア

pagetop