眠れぬ夜は、優しすぎる刑事の腕の中で。
新田が警戒しつつ目配せをした。

「異臭や騒音、その他異常は?」

「異臭はありません。テレビ音や足音なども確認できていません」

「了解」

階段を上りながら、早瀬は壁の素材やポストの状態、室外機の下に積もった埃の量まで無意識にチェックしていた。

――生活の“気配”は、案外細部に宿る。

早瀬は無言で部屋の前に立ち、インターホンを押した。
新田が念のためもう一度、やや強めにノックする。

「警察です。中にいらっしゃいますか? お子さんの安全確認のために、応答をお願いします」

……沈黙。

数秒後、赤ん坊の泣き声がかすかに聞こえた。
むしろそれが、室内の沈黙を際立たせる。

早瀬は無線に向けて言った。

「杉並署生活安全課、現着。児童相談所への連絡、至急お願いします。母親の所在確認と、以前のケースファイルの再照会も」

言いながら、彼の目はドアの隙間に一瞬光る“何か”を捉えていた。

ビニールの破片。
それとも、菓子袋か。
どちらにせよ、幼い子どもが一人でいるには危険すぎる空間だ。

早瀬はひとつ息を吐いた。

──時間との勝負だ。
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