眠れぬ夜は、優しすぎる刑事の腕の中で。
ふと、ページを閉じた。
目を動かすことに集中していた指先も、文字を追っていた瞳も、急にすべてが静止する。

思いがけず、早瀬さんの顔が浮かんだ。

あの病院の待合室。
私の隣に腰を下ろして、まっすぐな声で「共有します」と言ったあの瞬間。

あの人の視線は、どこまでも誠実で、まるで、私の痛みごと肯定するようだった。

思い出すと、胸の奥が、じんわりと温かくなる。
……けれど、同時に、どうしようもなく苦しくもなる。

もし、この感情が「好き」だと名前を持ちはじめたら。
私はきっと、何かを諦めなければならない。

過去に背を向けずに生きると決めたはずなのに、
恋愛という不確かなものに期待してしまうと、それまで積み上げてきたものがぐらつく気がして怖い。

その先に結婚なんて、私にとっては現実味のない話で。

家庭という言葉は、温かさと同じくらい、痛みを連れてくる。

そんな自分が、誰かと手を取り合って生きていく未来なんて、本当にあるのだろうか。

本の背表紙に手を置いて、またページを開こうとする。
でも、文字が霞んでよく見えなかった。

ぼんやりと、こんなふうに思った。
私の中には、「好きになってはいけない理由」がたくさんある。
その一つ一つを超えてまで、誰かを想うほど強くなれる日は、
……まだ、来そうにない。
< 52 / 247 >

この作品をシェア

pagetop