眠れぬ夜は、優しすぎる刑事の腕の中で。
会議が終わったあと、職員たちはそれぞれの資料を片づけながら、ぽつぽつと話しはじめた。
部屋の隅で、女性職員の一人が小さな声でつぶやく。

「……なんで、もう引き渡しになるんですかね」

隣にいた若手職員が反応する。

「私も思いました。だって、あんな目にあって、しかも母親は交際相手と完全に関係を切ったわけじゃないのに……」

言葉の先が言い淀む。
その言葉が、結咲の未来の不確実さを暗示していた。

花音は、それを黙って聞いていた。
同じ思いを抱えている。

今回の一件で、リスクは間違いなく上がった。
本来であれば、もう少し経過観察の時間が必要だったはずだ。

だが――

「……上の判断です。支援プログラムに則って、段階的に家庭復帰を進めるように、っていう方針です」

花音は静かに言った。
誰を責めるでもなく、誰を擁護するでもなく。

「納得できない気持ちは、私も同じです。でも、制度の枠の中で、やれることをやるしかない」

誰も返事をしなかった。
わかってはいる。
けれど、腑に落ちない――そんな沈黙が、重く漂った。

花音は机の上のファイルをそっと閉じた。
目の奥に、あのときの結咲の表情が浮かぶ。
母親に会えることを、ほんの少しだけ嬉しそうにしていた、あの無邪気な顔。

それが、心に小さな棘のように刺さったままだった。
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