眠れぬ夜は、優しすぎる刑事の腕の中で。
パトカーの中。信号待ちのタイミングで、新田がネクタイを少し緩めながらぼやいた。

「まだ5月末だぜ? 暑すぎんだろマジで……」

早瀬も運転席で小さくうなずく。

「最近はもう、5月から真夏日ですからね。
うちの署員でも、訓練中に熱中症で搬送された人いましたよ、去年。」

「ったく、世紀末かよ」
新田はダッシュボードを軽く叩いて笑いながら、それとなく言葉を繋げた。

「……そういやさ、川野んちって、クーラーあったっけ?」

早瀬は一瞬目線を上げ、記憶をたどるように言った。

「……ありました、たしか。でも、かなり古いやつです。
室外機の周りも埃っぽくて、動いてる気配は……正直、あんまりなかったです。」

新田がふうんと鼻を鳴らす。
軽く聞こえるその声の奥に、何か引っかかるような気配が混じっていた。

「6月入ったら一気に気温上がるぞ。
子どもいる家で、冷房効かねぇってのは――結構きついな。」

早瀬も黙ってハンドルを握り直す。

(……何かあったら、また児相が動く。けど、“何かあるまで”動けないのが、今のルールだ。)

その無力感が喉の奥に張りついたまま、パトカーは交差点を静かに曲がっていった。
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