眠れぬ夜は、優しすぎる刑事の腕の中で。
店内はこぢんまりとして落ち着いた雰囲気で、木目のテーブルに小さなランプが灯っていた。

席に着いた花音は、少し緊張した様子でメニューを眺めていたが、早瀬が「ここ、オムライスが美味しいらしいです」と言うと、ふっと表情がゆるんだ。

「オムライス、好きなんですか?」

「いや……嫌いじゃないですけど、今日はなんとなく、そういう気分だっただけで」

「ふふ、なんか意外です。もっと肉!って感じかと」

「そう見られがちですけど、重すぎるのは実は苦手です」

会話が始まると、思いのほか自然に言葉が続いた。

料理が運ばれてくるまでの間、ふとした間に早瀬が尋ねた。

「……佐原さんって、今って彼氏とかいるんですか?」

唐突だったが、不思議と嫌な感じはしなかった。早瀬の声音には、探るような軽さではなく、素直な関心が滲んでいた。

「いませんよ。ずいぶん長いこと……」

「そうなんですか。意外……って、こればっかですね、俺」

「ふふ、警察の人って“意外”好きですよね。早瀬さんは?」

「いません、いまは。しばらく前に別れて、それからはずっと仕事優先というか、気づいたら年単位で一人です」

「仕事してると、そうなりますよね。時間も、心の余裕も、意外と持てない」

「ほんとに。まあ……ミルクがいるんで、寂しくはないですけど」

「……ミルク?」

「うちの猫です。実家に預けてるんですけど、もう完全に母の猫になってます。交番勤務の頃、夜に拾った子で。寒い日で、どうしても放っておけなくて」

「それは……めちゃくちゃ、優しいですね」

「いや、あれは条件反射でした。気づいたらジャンパーの中に入れてて」

花音は、目を細めるように微笑んだ。

「私も……実家で黒猫飼ってます。名前はマロン。父が保護してきた子で、もう10年以上一緒にいます」

「え、猫飼ってるんですか。意外……」

「またそれ。はいはい、意外ですよね」

「いや、ほんとに。ちょっと見てみたいかも……マロンちゃん」

花音はスマホを取り出し、写真アプリを開いて数枚の中から一枚を選んだ。

「これ。冬のやつです。こたつの中から顔だけ出してます」

「……かわいい。目がまん丸で。黒猫って賢そうですよね」

早瀬も、自分のスマホを取り出した。

「じゃあ、うちのミルクも。実家から送られてきたばっかの写真」

そこには、ふわふわの白猫がソファの上で寝転がり、前足を揃えてまんまるになっている姿が映っていた。

「え、天使じゃないですか。真っ白……これはお母さんも溺愛しますよ」

「でしょ?取り合いになるんですよ、俺と。勝てないけど」

自然と笑い合う時間が、心地よく流れていく。

「……写真、送ってもいいですか?」

「あ、じゃあ……連絡先、交換します?」

「はい」

スマホを差し出し合い、互いにQRコードを読み込む。

「……なんか、こういうの久しぶりで緊張しますね」

「わかります。でも……悪くないですね、こういうの」

少し照れくさそうに視線を外しながら、けれど二人の間には、確かにそれまでになかった穏やかな距離感が生まれていた。
< 68 / 247 >

この作品をシェア

pagetop