眠れぬ夜は、優しすぎる刑事の腕の中で。
電車を乗り継いで、久しぶりに降り立った千葉・柏の駅前は、思ったよりも風が柔らかかった。
小さな鞄を肩に、歩き慣れた道を抜けて実家の門をくぐる。
チャイムを押す前に、室内からガタガタと足音が聞こえてきた。
ドアが開くや否や、ふわっと現れた黒猫――マロンが、勢いよく足元に体をこすりつけてくる。
「ただいま、マロン。……って、ちょ、かまないでってば!」
久々の再会に少し興奮しているのか、マロンは遊びモード全開で、花音の手首に軽く噛みついた。
痛くはないけれど、妙に懐かしい感覚に、つい笑みがこぼれる。
「ほらほら、花音の匂い久しぶりだからテンション上がってんのよ」
奥から母親の声がして、玄関まで顔を出す。
「久しぶりね。顔色、悪くないわね。ちゃんと食べてる?」
「食べてるよ。お母さんこそ、元気そうでなにより」
「そりゃそうよ。今日は花音が帰ってくるって聞いて、気合入れて煮物も茶碗蒸しも作ったから」
エプロン姿の母は、どこかうれしそうに笑っていた。
台所には、昔から変わらない土鍋やら器やらが所狭しと並び、確かに料理の匂いが豊かに漂っていた。
「お父さんは?」
「あら、言ってなかった? 今日から出張よ。鹿児島。銀行の……なんだっけ、研修? まあ、いないわ」
そう言いながら、母親はさりげなく花音の手をとって、こっそり手首の噛み跡をチェックする。
「ほんと、ちゃんと休めてるの? 足のこともあったんでしょ。無理しちゃダメよ」
「……うん。ありがとう。だいぶ良くなってきたから」
「口ではそう言っててもね。ほら、顔が少し疲れてる」
まるで魔法のように見透かされるこの感覚――
離れて暮らしていても、母親はやっぱり母親だと思った。
すると、背後で「ニャッ」と少し高い鳴き声。
「あれ?」
振り返ると、マロンではない別の猫がリビングのソファから姿を現した。
毛並みの美しいキジ白。警戒心は薄いようで、まっすぐ花音に近づいてくる。
「……新入り?」
「そう、名前はハナ。女の子。去年の秋に保護して、気づいたらウチの子になってたわ。推定2歳。マロンよりはずっと若いのに、あの子より落ち着いてるのよ」
ハナはするりと花音の足元に体をすり寄せ、マロンと交互に場所を取り合うようにして甘えてきた。
「……猫って、自由でいいよね」
ぼそっとつぶやいた言葉に、母親がふっと笑う。
「花音も、少し自由に生きたら? 猫たちみたいに」
その言葉に、花音は少しだけ、視線を落とした。
ふわりと温かいご飯の匂い、猫たちの体温、そして何気ない母の声――
ここには、守られている安心感が確かにあった。
そしてそのぬくもりは、いつの間にか冷えた心に、少しずつ沁み込んでいくのだった。
小さな鞄を肩に、歩き慣れた道を抜けて実家の門をくぐる。
チャイムを押す前に、室内からガタガタと足音が聞こえてきた。
ドアが開くや否や、ふわっと現れた黒猫――マロンが、勢いよく足元に体をこすりつけてくる。
「ただいま、マロン。……って、ちょ、かまないでってば!」
久々の再会に少し興奮しているのか、マロンは遊びモード全開で、花音の手首に軽く噛みついた。
痛くはないけれど、妙に懐かしい感覚に、つい笑みがこぼれる。
「ほらほら、花音の匂い久しぶりだからテンション上がってんのよ」
奥から母親の声がして、玄関まで顔を出す。
「久しぶりね。顔色、悪くないわね。ちゃんと食べてる?」
「食べてるよ。お母さんこそ、元気そうでなにより」
「そりゃそうよ。今日は花音が帰ってくるって聞いて、気合入れて煮物も茶碗蒸しも作ったから」
エプロン姿の母は、どこかうれしそうに笑っていた。
台所には、昔から変わらない土鍋やら器やらが所狭しと並び、確かに料理の匂いが豊かに漂っていた。
「お父さんは?」
「あら、言ってなかった? 今日から出張よ。鹿児島。銀行の……なんだっけ、研修? まあ、いないわ」
そう言いながら、母親はさりげなく花音の手をとって、こっそり手首の噛み跡をチェックする。
「ほんと、ちゃんと休めてるの? 足のこともあったんでしょ。無理しちゃダメよ」
「……うん。ありがとう。だいぶ良くなってきたから」
「口ではそう言っててもね。ほら、顔が少し疲れてる」
まるで魔法のように見透かされるこの感覚――
離れて暮らしていても、母親はやっぱり母親だと思った。
すると、背後で「ニャッ」と少し高い鳴き声。
「あれ?」
振り返ると、マロンではない別の猫がリビングのソファから姿を現した。
毛並みの美しいキジ白。警戒心は薄いようで、まっすぐ花音に近づいてくる。
「……新入り?」
「そう、名前はハナ。女の子。去年の秋に保護して、気づいたらウチの子になってたわ。推定2歳。マロンよりはずっと若いのに、あの子より落ち着いてるのよ」
ハナはするりと花音の足元に体をすり寄せ、マロンと交互に場所を取り合うようにして甘えてきた。
「……猫って、自由でいいよね」
ぼそっとつぶやいた言葉に、母親がふっと笑う。
「花音も、少し自由に生きたら? 猫たちみたいに」
その言葉に、花音は少しだけ、視線を落とした。
ふわりと温かいご飯の匂い、猫たちの体温、そして何気ない母の声――
ここには、守られている安心感が確かにあった。
そしてそのぬくもりは、いつの間にか冷えた心に、少しずつ沁み込んでいくのだった。