眠れぬ夜は、優しすぎる刑事の腕の中で。
昼下がり。
エアコンの効いた事務室内でも、どこか蒸すような熱気が漂っていた。

三宅が机に向かいながら、タッパーのふたを開け、ご飯を口に運ぶ。
そして、ちらりと周囲を確認してから、花音の耳元に顔を寄せ、こっそり囁いた。

「ねえ……なんかさ、こう、何もなさすぎて……逆に怖くない?」

「ん?」

「ほら、“嵐の前の静けさ”みたいな……あれ。なんか妙に平穏すぎると、逆に身構えるっていうか……」

花音は、ふっと笑った。

「三宅さん。そういうこと口にすると、降りかかってくるんですよ?」

「やだー、やっぱ言わなきゃよかったー」

冗談交じりにお互い笑い合っていた、その矢先。

事務室の電話が外線で鳴った。
金子がすぐに受話器を取り、簡潔に受け答えをする。
電話を切ったあと、少し渋い顔で皆に声をかけた。

「今日の当直、鈴木さん。体調不良でこれなくなったって。代わり、誰かいける人います?」

室内に、静かな空気が流れる。

当然だ。
日勤からそのまま夜勤に突入するのは、体力的にも精神的にもきつい。
しかも、梅雨明け目前のこの暑さだ。
気温も湿度も容赦がない。

「ごめん、私今日は無理。旦那、夜勤で子ども見ないとだから」

三宅が申し訳なさそうに手を振る。
他の職員もそれぞれ事情を抱えていて、誰も声をあげない。

花音は、一度視線を机上のファイルに落とし、考えるように眉をひそめたあと、小さく肩をすくめた。

「……最近、“何も起こらない”んで。私、入りますよ。何もなければ、寝てればいいですし」

「ほんっとに、佐原さんって……お人よしよねー」

三宅が感嘆ともあきれとも取れる口調で言い、にこっと笑った。

花音は「そうですか?」と軽く返しながら、立ち上がって当直用の引継ぎファイルに手を伸ばす。

室内に流れる冷房の風とは裏腹に、窓の外には真っ白な陽光がじりじりと照りつけていた。

そのまぶしさの向こうに、何かが静かに息を潜めているような――そんな気配が、ほんのわずかに胸をざわつかせた。
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