眠れぬ夜は、優しすぎる刑事の腕の中で。
夜勤が始まって少しした、午後八時。
最後まで残っていた金子さんが、「お疲れさまでした」と声をかけて退勤していく。
その扉の閉まる音が、やけに大きく感じられた。
その瞬間から、事務所はぴたりと静まり返った。
エアコンの微かな稼働音と、遠くの国道を走る車の音だけが、かすかに耳に届く。
花音は、ふと思い出したように業務用端末を手に取った。
「……一応、もう一回かけておこうか」
川野美咲の番号を押す。
コール音が数回鳴るが、やはり出ない。
「まあ、最近安定してたし……明日もう一度かけてみよう。それでだめなら、家庭訪問かな」
独り言のようにつぶやきながら、通話記録とあわせて短くメモを残す。
やるべき仕事は、ひと通り終わった。
花音は深く息を吐いて立ち上がり、仮眠室へ向かう。
日勤の疲れがじわじわと足に残っていて、ゆっくりと布団に腰を下ろす。
当直者用のスマートフォンを枕元に置き、電気を落とすと、あたりは闇に包まれた。
目を閉じると、昼間の喧騒がふっと遠のいて、無音の世界が広がる。
――けれど。
心の奥が、少しだけざわついていた。
はっきりとした理由はない。
ただ、何かが、引っかかる。
あの電話の沈黙。
何もないと思いたい。でも、何もないことが逆に落ち着かない。
これまで何度も、そうやって「異変の兆し」を見逃しかけてきた。
このざわめきが、ただの杞憂であればいい。
そう願いながらも、花音は深く布団に顔をうずめた。
まぶたの裏に、川野結咲の笑顔が浮かんだ。
あんなに小さな体で、何もかもを感じ取ろうとしていた瞳――
その光が、今も変わらずそこにあると信じたい。
信じたいけれど。
どこかで、胸の奥がそっと警鐘を鳴らしている気がした。
静寂が、やけに重たかった。
最後まで残っていた金子さんが、「お疲れさまでした」と声をかけて退勤していく。
その扉の閉まる音が、やけに大きく感じられた。
その瞬間から、事務所はぴたりと静まり返った。
エアコンの微かな稼働音と、遠くの国道を走る車の音だけが、かすかに耳に届く。
花音は、ふと思い出したように業務用端末を手に取った。
「……一応、もう一回かけておこうか」
川野美咲の番号を押す。
コール音が数回鳴るが、やはり出ない。
「まあ、最近安定してたし……明日もう一度かけてみよう。それでだめなら、家庭訪問かな」
独り言のようにつぶやきながら、通話記録とあわせて短くメモを残す。
やるべき仕事は、ひと通り終わった。
花音は深く息を吐いて立ち上がり、仮眠室へ向かう。
日勤の疲れがじわじわと足に残っていて、ゆっくりと布団に腰を下ろす。
当直者用のスマートフォンを枕元に置き、電気を落とすと、あたりは闇に包まれた。
目を閉じると、昼間の喧騒がふっと遠のいて、無音の世界が広がる。
――けれど。
心の奥が、少しだけざわついていた。
はっきりとした理由はない。
ただ、何かが、引っかかる。
あの電話の沈黙。
何もないと思いたい。でも、何もないことが逆に落ち着かない。
これまで何度も、そうやって「異変の兆し」を見逃しかけてきた。
このざわめきが、ただの杞憂であればいい。
そう願いながらも、花音は深く布団に顔をうずめた。
まぶたの裏に、川野結咲の笑顔が浮かんだ。
あんなに小さな体で、何もかもを感じ取ろうとしていた瞳――
その光が、今も変わらずそこにあると信じたい。
信じたいけれど。
どこかで、胸の奥がそっと警鐘を鳴らしている気がした。
静寂が、やけに重たかった。