眠れぬ夜は、優しすぎる刑事の腕の中で。
「穏やかですね、このところは」
早瀬がぼそりとつぶやいた。

夜の署内。時刻は23時を回ったところで、当直体制の空気が静かに流れている。

「だなー」
新田はコーヒーを啜りながら椅子を傾ける。
「先週のストーカー事案が解決してから、マジで平和。俺たち、そのうちクビになるんじゃね?」
冗談めかして笑う。

「それは困りますよ。俺、家賃払えなくなります」

「だろ? もっと事件起きろって、言いたくなるよな。……いや、言っちゃだめか」
新田が苦笑いを浮かべた。

ふと、新田が思い出したように言った。
「そういやさ、お前んちの猫、見せてよ。俺も飼いたくてさ」

「犬派じゃなかったんですか?」

「だったんだけどよ、お前が“ミルクが~ミルクが~”ってうるさいから、洗脳されたんだわ。責任とれ」

早瀬はスマホを取り出し、写真フォルダを開いて差し出す。
「じゃあ、母が最近送ってきたやつですけど」

新田が画面を覗き込む。
「うわ、天使じゃん。何これ、ぬいぐるみ?」
目を輝かせながらスクロールを急かす。

次の写真に、黒猫が写っていた。ソファの上で香箱座りしている、小さくて凛とした雌猫。

「お、黒猫もいんの?」と新田。

「いや、これは佐原さんちの猫です」
早瀬がさらりと答える。

「……え?」
新田の動きが止まった。
「なんでお前、佐原さんの猫の写真持ってんの?」

「前、ご飯行ったときに交換したんですよ。猫友です」

「猫友て! おい、俺呼ばれてないぞ?」

「呼んでないですもん」

新田は椅子から身を乗り出した。
「お前、知らないところで淡々と狙ってたんだな!」

「やめてください。新田さん既婚じゃないですか。なんでそんなこと言われなきゃいけないんですか」

「それはそうだけどよ、ちゃんと報告しろよ。相棒なんだから」

「お断りします」
早瀬はきっぱり言い放ち、コーヒーを一口啜った。

ふたりの笑い声が、夜の署内にささやかに響く。
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