眠れぬ夜は、優しすぎる刑事の腕の中で。
花音はスマホを手に握り締めながら、深呼吸をひとつした。
部屋の外では警察官たちが玄関前で声掛けを続けている。
その声は遠く、まるで自分の耳には届かないかのように思えた。

「朝岡さん、お願いします…」
低く、しかし強く震える声で電話をかけた。

呼び出し音が続く。
やがて電話の向こうから、少し眠そうな声が聞こえる。
「佐原さん。こんな時間にどうしたの?」

花音は一気に吐き出すように話し始めた。
「川野結咲の件です。子どもの泣き声が止まり、親は所在不明。玄関は施錠されていて応答なしです。暑さもあって、熱中症の可能性も…緊急性は高いと思います。臨検、令状請求に移れませんか?」

朝岡の声は落ち着いていたが、どこか重苦しい。
「それは重い事案だけど、臨検は簡単に認められるものじゃない。任意訪問で応答なしは確かに危険かもしれないが、令状請求にはもっと具体的な証拠が必要です。今の情報だけじゃ難しいと思うよ。」

花音は息を呑み、口ごもった。
「でも…でも今夜、もしこのまま放置すれば、結咲ちゃんが…」
声が震え、言葉を詰まらせる。

「分かってる、でも現実はそう甘くない。裁判所も慎重になる。熱中症のリスクはあるが、それを証明するにはもっと状況を積み上げる必要があるんだ。」

「何か…他に証拠を集める方法は?」
花音は食い下がった。
「このままだと子どもが危ない。お願いします、朝岡さん、何とかしてください!」

電話の向こうで一瞬の沈黙があった。
花音の胸は締め付けられ、汗が額を伝う。

「分かった。こちらでも確認してみる。令状請求に移れるかどうか、できる限り動くよ。」

「ありがとうございます…!」
花音は感情が昂り、声が少し震えた。

電話を切ったあと、ふと隣を見ると、早瀬が静かにこちらを見つめていた。
彼の眼差しは言葉以上に、焦りと苛立ちが募っていた。

花音は深く息を吐き、震える手でスマホを握り直した。
(この子を守らなきゃ…絶対に。)
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