眠れぬ夜は、優しすぎる刑事の腕の中で。
玄関の前にしゃがみ込み、扉に耳を押し当てる花音。
周囲の暑さがじわじわと身体を蝕み、のどはカラカラに乾いている。
額から汗が滲み、視界が少しぼやけたような気がした。
水を飲むことすら忘れ、結咲のわずかな気配を掴もうと必死だった。

「もう少し……もう少しだけでも……」

そんな願いを繰り返しながら、目を閉じて耳を澄ませる。
しかし、室内の気配は限りなく薄く、扉の向こう側には見えない何かがあるだけだった。
疲労と焦燥が胸を締め付ける。

そんな時、そっと隣に誰かがしゃがみ込む気配がした。
ゆっくりと目を開けると、そこには早瀬がいた。
彼の落ち着いた表情が、わずかに安堵を与えた。

「佐原さん……令状が取れたとしても、そこから請求して刑事が現場に戻ってくるまでには、少なくとも一時間はかかるでしょう。」
彼の声は静かだが、その言葉の重みが胸に刺さる。

「長丁場になる。無理は禁物です。今のうちに水を飲んで、体調を整えておいたほうがいい。」
そう言いながら、少し離れたところにある自動販売機を指差す。

花音は咥えた言葉を飲み込み、ただ小さくうなずく。まだ胸の奥にある焦りは消えないが、早瀬の冷静さに引き戻されるように、ゆっくりと立ち上がった。

「僕がここで様子を見ていますから、一旦離れて休んだほうがいい。ここにいても何も変わらない。時間はかかるけど、確実に進んでいるから。」
早瀬の目は優しくも力強かった。
子どもだけでなく、支援者の命も守ろうとする彼の覚悟がそこにあった。

花音はその言葉を胸に刻み、汗で濡れた額を拭いながら、重い足を動かした。
扉の向こうにいる結咲のために、まだできることは必ずあると信じて。

夜の熱気が肌を刺す中、二人の背中には静かな覚悟が灯っていた。
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